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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第95章

第1751回

 シャルロットは小さくため息をついた。
「長い話だから、なるべくかいつまんで話すわね」シャルロットが言った。「昔、ポーランドにアントーニ=チャルトルィスキーという政治家がいたの。彼は、とても仕事熱心な人で、58になるまで結婚しなかった。もしかすると、過去に何人かの恋人がいたかもしれないけど、彼が結婚したいと望んだ女性は一人だけだった。その女性は未亡人で、娘が一人いたの。彼は、その娘を自分の養女に迎え、本当の娘同様にかわいがったの・・・」
 ユーリアは首をかしげた。その話が、リーベルマン夫人とどんな関係があるのだろう?
「その女の子は、ヴァイオリンが上手だった。かの女の師は、かの女の才能に気がつくと、天才少女として売り出すことを決めたの。かの女は、ワルシャワ=フィルのコンサートでデビューしたの。演奏会を見に行ったかの女の養父は、会場から出たところをテロリストに襲撃されたの。ただ、人違いで、狙われたのは夫人をエスコートしていた執事だった・・・。そのあと、そのテロリストの攻撃は、養父が殺されるまで続けられた。その殺人現場に居合わせた少女は、テロリストの顔を見てしまったの。かの女の証言によって書かれた似顔絵がきっかけで、テロリストは逮捕され、処刑されたの」シャルロットはため息をついた。
 ユーリアは、その少女がシャルロット自身であることに気づいたが、何も言わなかった。
「その後、テロリストの家族はポーランドを出て行ったの。彼には、小さな妹と弟がいたそうよ。二人はスイスで教育を受け、姉の方はその後同じポーランド人の男性と結婚し、弟の方は学者になってアメリカの大学にいるそうよ。女性の名前は、マウゴジャータ=ザモイスカ」シャルロットはいったん言葉を切った。「テロリストの妹として育ったということを隠してスイスで暮らしていた女性は、孤独だったそうよ。やがてかの女は、間違った男性と恋に落ちた。自分に優しくしてくれた男性を、自分に好意を持っていると勘違いしてしまったの。でも、彼は、別の女性と心中したの。失意の中にいたかの女に優しくしたのがヴィトールドだった・・・。かの女はヴィトールドを好きになったけど、彼の方はそうではなかった。かの女は、同じ小説家仲間だったアントーニ=モジェレフスキーと結婚したけど、本当はヴィトールドを諦めきれなかったみたい。ヴィトールドのお葬式の日、かの女は泣きながら彼の棺に駆け寄り、棺にすがりついて泣いていた・・・その姿を見たとき、わたしは、かの女が彼を愛していたことを初めて知ったの。わたしは、かの女の人生を二度も狂わせてしまった。わたしの家族はかの女の家族を傷つけ、わたしはかの女が愛する男性を奪ってしまった・・・。そのわたしが、かの女の好意を得られると思う?」
 シャルロットはすすり泣いた。
 その姿を見て、ユーリアは病室から飛び出した。
「待って、ユーリ! どこへ行くの?」シャルロットは泣きながら叫んだ。
 その声を聞いて、看護師が慌てたように病室に飛び込んできた。
「どうかしたんですか?」看護師は優しく訊ねた。「もう少しで回診になります。横になっていた方が楽ではありませんか?」
 シャルロットはそっと涙をふき、横たわった。30秒後には、取り乱したあととは見られないほどかの女は落ち着きを取り戻していた。かの女の目を見なかったら、今まで泣いていたとは気づかないほどだった。看護師は、シャルロットがさっと表情を変えたのを見て、かの女が女優だと思い込んだ。これだけの美しさを持ち、演技も完璧だ。もしかすると、自分が知らないだけかもしれないが、このひとは、有名な女優なのかもしれない。かりにそうでなくても、そのうちきっと有名になるだろう、と看護師は考えた。
 病室に一人取り残され、シャルロットはもう一度横たわった。目を閉じたときに最初に思い浮かんだのは、子どもたちの顔だった。彼らはどうしているだろう。自分に会いたがっているだろうか? ユーリアは何も言わなかったから、子どもたちはきっと元気でいる。だが、この状態で子どもたちに会うことはできない。病気が治ってからだ。彼らの次に思い浮かんだ顔が、ベルリンにいるジークフリート=フィッシャーだったことに、シャルロットは内心驚いた。彼にさよならの挨拶もしなかった。突然いなくなって、彼もしばらくは寂しい思いをしたかもしれない。かの女は、彼の表情を思い出した。その表情に、子どもの頃のフリーデマンの顔が重なった。あの少年には、なぜかフリーデマンの面影がある。今まで気づかなかったが、初めて会ったときから彼に親しみを感じたのは、そういうわけだったのだ。詳しい話は聞かなかったが、彼の両親のどちらかが、フリーデマンと何らかの血縁関係があったのだろう。そうでなかったら、独身のフリーデマンが、あの子どもたちを引き取ろうとはしなかっただろう。
 そういえば、あのあと、タデウシ=ボレスワフスキーはどうしただろう? 演奏会が終わった楽屋で、知り合いたちに囲まれながら、どうしてレーベンシュタイン夫妻がここにこないのだ、と心を痛めたに違いない・・・。
 とりとめのない考えをまとめる前に、シャルロットは眠ってしまっていた。
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