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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第96章

第1759回

「親指をくぐらせるとき、そんな風に腕を動かしてはいけないわ」シャルロットはそう言いながら目を開けた。
<・・・夢を見ていたのかしら?>シャルロットは辺りを見回した。ピアノも、練習していたはずの小さなマリア=テレージアの姿もない。たどたどしいハ長調の音階を弾くピアノの音も止んでいる。自分は、どうやら知らないところで目を覚ましたようだ。
 一瞬、楽器の音が全部止んだ。そのとき、隣の部屋から何か家具が動くような物音がした。
『だめよ!』くぐもった女性の声がした。続いて、男性のうめき声が聞こえ、シャルロットは完全に目を覚ました。
 また楽器の音が聞こえた。今度はフルートのようだ。続いて、またピアノが音階を再開した。今度は変ニ長調の音階だ。
<ここは、どこ?>シャルロットは上半身起き上がろうとして、額にのせられたタオルに気づいた。
 かの女は、自分がいるところを思い出した。ここは、モジェレフスキー夫妻の家だ。
 そのとき、壁の向こうから、さっきのぎしぎしという物音が聞こえた。もう一度男性のうめき声が聞こえてきた。
<・・・えっ、まさか?>シャルロットは物音の正体に気づいた。
 壁の向こうにはおそらくベッドが置かれていて、そのベッドの上で・・・。
 シャルロットは真っ赤になった。そして、ゆっくりと記憶をたどった。
 どうやら、壁の向こうにいるのはモジェレフスキー夫妻らしい。それにしても、こんな薄い壁の向こうであんなことをしているなんて。雪がちらついているとはいえ、この明るさではまだ日中のはず。
 いろいろな音が聞こえる。ベッドがきしむ音のほかに、ピアノやチェロやフルートの音がする。しかも、音を出している人は最低でも6人はいる。この家では、こういう音がするのは日常茶飯事らしい。壁も薄いので、楽器の音はクリアに聞こえてくる。この騒音を利用して、二人は誰にも気兼ねなく愛を交わすのが習慣なのだろう。
 もしかすると、隣の部屋では、自分が熟睡していると思い込んで、二人は自分たちだけの世界に入ってしまったのかもしれない。だとすると、もう少し眠っていた方がいいかもしれない。
 そのとき、シャルロットは、テーブルの上に洗面器とスープ皿が置かれていることに気がついた。食欲が全くないのでスープ皿には魅力を感じないが、洗面器のところまで行きたい。枕元にずり落ちてしまったタオルをもう一度濡らすことができたら・・・。
 シャルロットは起き上がろうとしたが、めまいを感じ、ベッドがきしまないように気をつけて横たわった。自力で起き上がることは難しい。タオルを濡らすことはできないようだ。だが、額に手を当てると、かなり熱い。シャルロットは仕方なく、ほとんど水気がなくなった暖かいタオルを額にのせた。
 隣の部屋からはまだベッドがきしむ音が聞こえてくる。シャルロットはゆっくりと目を閉じた。
 ヴィトールドとの行為は短時間で終わったが、モジェレフスキー夫妻の行為はずいぶん時間がかかっているようだ。ベッドがきしむ音で目が覚めたが、その音はまだ断続的に続いている。まだ終わらないようだ。ユーリアは、男女が愛し合うとき、二人ともすてきな思いをするものだと言った。どうやら、それは本当のことらしい。その証拠に、隣の部屋の物音はずっと止まない。どちらかが---モジェレフスカ夫人が---本当にいやがっていたら、もうとっくに営みは終わっているはずだ。自分とヴィトールドがそうだったように・・・。
 シャルロットは目を大きく見開いた。
 まさか、自分とフリーデリックもこんなに大きな音を立てていたのだろうか? ベッドがきしむくらい激しく愛し合ったのだろうか? だとすると、あのときそばで寝ていたはずの子どもは、ほんとうに目を覚まさなかったのだろうか?
『声を出すなよ。子どもが目を覚ましてもいいのか?』あのとき、フリーデリックはそう言って自分にのしかかってきた。自分は、隣に眠っているジークフリートに気づかれまいとして抵抗をやめたのだ。声が聞こえないようにするために、手のひらで唇を覆った。だが、そんなことくらいではどうにもならなかったのではないだろうか? ベッドがきしんでいるのは、壁が薄いからなの? それとも、丈夫に作られていないベッドを使っているから?
 そんなことを考えているうちに、隣の部屋の物音は止んでいた。シャルロットは、もしかするとモジェレフスキー夫妻のどちらかが部屋に入ってくるかもしれない、そのとき自分が起きていたら彼らはどう思うだろう・・・と思い、また目を閉じた。少なくても、眠ったふりをするのが礼儀だろう。
 しかし、誰も入ってくる気配はなかった。隣の部屋は静まりかえっている。
 シャルロットは眠ったふりをしているうちに、とうとう本当に眠ってしまった。
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