FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第96章

第1764回

 タデウシがそこまで話したとき、ドアがノックされ、マウゴジャータが顔を出した。
「着替えが終わったわ。クリーシャに会いに行く?」マウゴジャータはドアのところから訊ねた。
 タデウシは思わず腰を浮かした。しかし、アントーニは言った。
「病人は逃げていかない。それより、今の話の続きを話してくれないか?」
「今の話?」マウゴジャータは首をかしげた。
 タデウシは赤くなった。「だから、おもしろい話じゃないと言ったではないですか」
 マウゴジャータはドアを閉め、彼らの方に歩いてきた。「なあに、おもしろくない話って?」
「彼の半生を聞いていたのさ。ここからがおもしろいところだ」アントーニが言った。「それで、奥さまとのなれそめは・・・?」
 マウゴジャータの目が輝いた。かの女は素早く空いているいすに座った。
「困ったな・・・」タデウシは真っ赤になって下を向いた。「あなたたちの情熱的なプロポーズの話を聞いたあとで話すようなことじゃないのに・・・」
 それを聞き、マウゴジャータは真っ赤になって夫に言った。「あなた、彼に話したの?」
 アントーニはにやりとした。
「まあ、ひどいわ! よりにもよって、今日、人に話すなんて」
 アントーニはもう一度にやっと笑った。「今日が何の日か覚えていてくれてうれしいよ」
「・・・あら、忘れるはずはないでしょう?」マウゴジャータはフランス語でつぶやき、下を向いた。
「さあ、きみの番だ」アントーニはタデウシを促した。
 タデウシは諦めたようにため息をついた。
「1914年、わたしは天使だと思っていたあの子を思わせるような女性に会った。それが、わたしの本当の初恋だと思う。そのときわたしは、兄のように慕っていた少年と一緒にいて、彼はフランスのピアノコンクールで1位を取った。彼は、前年の優勝者だったその少女と比較され、ひどく失望感を覚えてフランスを後にした。そのとき、わたしは、彼のためにその少女への思いを断ち切ろうとした。それでも、心の奥では、かの女のことをあきらめきれなかった。5年後、わたしも同じコンクールに出て、3位を取ったあと、スイス経由で帰宅しようとした。そのスイスで、わたしは天使に再会した。かの女は黒い馬に乗っていた。レマン湖を悲しそうに見つめていた。その横顔を見たとき、わたしは長い間あこがれていたかの女への思いを、今度こそ本当に断ち切る決心をした。なぜならば、あの少女は恋をしていることに気づいてしまったからだ。自分とかの女は全く違う道を歩いている・・・そう思い知ったんだ」タデウシはそう言った。「ベルリンに戻ったわたしは、育ての親であるクリモヴィッチ夫妻から独立しようと思った。ルーディとユーリが結婚したこともわたしの気持ちに拍車をかけた。二人が新居を探すのを手伝ったわたしは、二人が気に入りそうな一軒の屋敷を見つけた。その屋敷は、元伯爵という肩書きの紳士の持ち家の一つだった。戦争が終わり、元伯爵は家を人に貸さなければならないような経済状況だった。わたしは、その家の管理人という人物に会い、家を借りる交渉をしようと思った。ところが、わたしはその管理人を知っていた。彼は、かつて、わたしの両親と同じ人物に仕えていたことがあるポーランド人だった。彼はわたしに再会して驚いた。彼の二人の娘たちも、わたしと再会したことを喜んでくれた。もっとも、当時、二人はまだ幼かったけど・・・」
 そう言うと、タデウシは小さくため息をついた。
「姉のリリアーナは、とても美しい女性になっていた。茶色の髪---光の加減で赤毛にもブロンドにも見える美しい髪をしていて、自分でも美しい女性だと自覚した華やかさを持っていた。どんな男性でも、かの女がそばを通ると思わず振り返ってしまうような、そんな女性だった。妹のイレーナは、そんな姉と一緒にいるとかすんで見えるような平凡な女性だった。二人ともきれいな青い目をしていたが、二人並ぶとイレーナのそんな美点でさえ平凡に見えたものだ。悪いことに、イレーナはそれを自覚して、つねに控えめな態度を取っていた」タデウシはもう一度ため息をついた。「それもそのはず、リリアーナとイレーナは父親が違う姉妹だった。二人の母親はとても美しい女性だった。かの女はかつての雇い主であるポトツキ伯爵の愛人で、自分の子どもを身ごもったことを知った伯爵が口の堅い使用人と結婚させ、密かに育てさせたのだ。妹のイレーナは、かの女と夫の間に生まれた子どもだ。伯爵から養育費をもらっていた手前、リリアーナの養父はリリアーナをお嬢さまのように大切にした。イレーナは、リリアーナの妹でありながらその侍女のようにして育ったんだ。まるでシンデレラのようなものだ。だが、イレーナのまえにはカボチャの馬車も王子様も現れなかった」
 タデウシは目の前のコーヒーを飲み干した。
「・・・それで、あなたがシンデレラをその家から連れ出したのね?」
 タデウシは遠い目をして頷いた。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ