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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第10章

第179回

 クラリスの足は、<名なし>に向かっていた。
 エドゥワール=ロジェが死ぬまで飲んでいたものならば、こんな思いを忘れさせるような力があるのではないだろうか? そんな魔法のようなものがあるのなら、自分も飲んでみたい。
 クラリスは、カウンター席に座った。そして、マスターに言った。
「ねえ、何でもいいから、お酒が欲しいの。今日はいいでしょ? わたしはもう大人なんだから」
 マスターは驚いてクラリスを見た。彼は、クラリスがあまりにも真剣な表情をしていたので、無言のままグラス一杯のワインを出した。
 クラリスはそれを一気に飲み干すと、苦しそうに言った。
「・・・まあ、お酒って、とても苦いのね」
 マスターは思わずほほえんだ。「そうだね。そういうときもある。だけど、いっぺんに飲むものじゃないよ」
「じゃ、いっぺんに飲まないから、もっとちょうだい。もっと強いのがいいわ」
 マスターの顔からほほえみが消えた。「やめたほうがいいよ・・・」
「わたしは、飲みたいのよ」クラリスが言った。
 マスターは、クラリスにさらに酒をついだ。クラリスは、それを黙って飲んだ。
「もう、やめたほうがいい」マスターは、クラリスが瓶の中味を自分で注いでいるのを見ながら言った。
 クラリスは、目の前が奇妙にゆがんでいると思った。なぜか、飲む前よりも悲しい感情が増幅されたような気がしてきた。
「・・・エドゥワール=ロジェは、自分に正直じゃなかったわ。あの人は、自分を騙すのに、お酒を使ったんだわ」クラリスは、なぜかものすごく泣きたくなった。
「そうだね。でも、酒に逃げるのは、卑怯だと思わないかい?」
「・・・今のわたしには、どっちでもいいわ」クラリスは、やや不明瞭な口調で返事した。
 そのとき、カフェに入ってきた3人組がいた。3人は、カウンターで酔っ払っているクラリスの姿を見て驚いた。その3人の中にエマニュエル=サンフルーリィがいた。彼は、思わずかの女のところに駆け寄り、グラスに手をかけた。
「クラリス、こんなところで、何をしているの?」
「・・・見ればわかるでしょ? 飲んでいるのよ・・・」クラリスは、目に涙をためて返事した。
「飲んでいるのはわかっている。でも、あなたは、酔っ払っている」
「・・・そうかもね・・・」クラリスははっきりしない口調で答えた。
「飲むのはやめなさい」エマニュエルは命令口調で言った。
「わたしは、誰にも止めて欲しくない。誰にも命令されたくない。わたしは、飲みたいの」
「なぜ?」エマニュエルは、クラリスの隣に座りながら訊ねた。
「・・・わたし、ロビン=カレヴィと別れたのよ。わたしは、自分に正直になれなかった。彼を愛しているわ。でも、別れなくちゃならなかったの。だから、飲まなくちゃならないの」クラリスの目から涙がこぼれ落ちた。
「そんなの、理由になっていないよ。いいかい、飲んじゃいけない」
「エドゥワール=ロジェは、自分に正直に生きられなかった・・・彼は、お酒を飲んで、すべてを忘れようとしたのよ。わたしも、忘れなくちゃならないのよ。だから、飲まなくちゃならないの」クラリスは、エマニュエルの手からグラスを取ろうとした。しかし、かの女は酔っていて、グラスには手が届かなかった。
「そんなことをして、悲しくないの? あなたは、ロジェが飲んでいるのを見て悲しくなかったの?」
 クラリスは答えなかった。
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