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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第96章

第1769回

 3人が病室に入ったとき、シャルロットはベッドに横たわって静かに涙を流していた。
「・・・今日は、4月9日、よね?」シャルロットは小さな声で言った。
「ええ」マウゴジャータはそう答え、シャルロットのベッドのそばのいすに座った。
「今日は、わたしにとって大事な日だった」シャルロットはぽつりと言った。「10年前の今日、亡くなったヴィトールドがプロポーズしてくれたの・・・わたしたちは、結婚記念日の次に4月9日を大切にしていたのよ」
 それを聞いて、モジェレフスキー夫妻は二人ともびっくりしたような顔をした。
「なのに、どうして、よりにもよって今日、彼の最愛の息子が亡くなってしまったの?」シャルロットはそう言って涙をこぼした。「それだけじゃないわ。彼にとってたった一人の兄代わりの男性まで・・・」
「10年前の4月9日? 1919年の4月9日?」
 マウゴジャータのつぶやきを聞いて、シャルロットはかの女の方を見た。
「ええ、そうよ。でも、どうして?」
 モジェレフスキー夫妻は顔を見合わせたあと、マウゴジャータが言った。
「その日は、わたしたちにとっても大事な日だったからよ。アントーニがわたしにプロポーズしてくれた日だったの」
 シャルロットは目を丸くした。
「彼は、その日にあなたにプロポーズしたのね。それは、9日の夜の話?」シャルロットが頷くと、マウゴジャータも納得したような顔をした。「・・・どうやら、その二つのプロポーズには接点があるようね」
 アントーニも頷いて見せた。
「たぶん、あなたも知っているはずだと思うけど、わたしはヴィトールドが好きだったの」マウゴジャータは話し出した。「あとで知った話だけど、アントーニとヴィトールドはそれに気がついていたようなの。そのときヴィトールドにはすでに心に決めた人がいて、アントーニはわたしに夢中だった。この場合、わたしがアントーニの方を向けばすべて丸く収まる話よね。それで、男性二人は密かに紳士協定を結んだの。それは、ヴィトールドに<ヴァンドルディには決して一人で来るな>というものだったそうよ。でも、わたしはそれを知らず、毎日ヴァンドルディに通ったの。彼がいつ現れてもいいように。その努力が実を結んだのが、1919年4月9日のことだった」
 シャルロットはその話を聞きながら記憶をたどった。そうだ、自分が馬から落ちた日以来、彼はヴァンドルディには行かなかった。当時はそれを深く考えなかったが、その背景に二人の男性たちの<紳士協定>があったのだ。しかし、4月9日、彼は書き上げたばかりの原稿を持って外出した。行き先はヴァンドルディだと、当時シャルロットは知っていた。だが、彼は出かけたきり、何時になっても戻ってこなかった・・・。どうやら、その事件にマウゴジャータが絡んでいたらしい。
「ようやくヴァンドルディに現れた彼に、わたしは自分の思いを正直に伝えたわ。彼を愛していますと」マウゴジャータは続けた。「その言葉を聞いたヴィトールドは、困惑したような表情を浮かべていたわ。わたしは、その表情を見ただけで、彼の次の言葉が想像できた。そして、その言葉を聞きたくないと思ったの」
 全員がマウゴジャータの次の言葉を待った。しかし、マウゴジャータは苦いものをかみつぶしたような表情をしたまま黙っていた。
「・・・口を開いたのはわたしだった」マウゴジャータは言った。「『あなたが誰を愛しているのか、わたしにはわかるわ。でも、わたしが聞いた話が真実なら、その女性には婚約者がいるそうね。かの女は幼い頃からずっと彼を愛しているんですってね』その言葉を聞くと、ヴィトールドは黙って頷いたの。『あなたは、そんな純粋な女性を、フィアンセから奪い取ろうというのね』・・・その言葉を聞いたヴィトールドは、もうポーカーフェイスではいられなかった。『奪う? いや、そうじゃない---』彼は口を開いたけど、わたしはその言葉を遮ったの。『その女性は明らかにほかの男性に夢中なのよ。その意思に反して口説き落とすことを、第三者から見ると略奪というんじゃないの?』その言葉を聞くと、彼は打ちのめされたような表情になった。その表情が絶望に変わるのは時間の問題だと思ったわ。だけど、わたしはあえて彼を絶望の淵に追いやったの。なぜならば、あのときのわたしもまさにその状況だったからよ。彼の表情から、彼が決してわたしの方を向くことがないと思い知らされたんですもの。わたしは、自分が苦しんだように彼を苦しめたかった。あのときのわたしには、それしか考えられなかった。自分がこれほど誰かを愛し、憎むことができるとは考えたこともなかった・・・」
 その告白を聞いたシャルロットとアントーニは、沈んだ表情になった。
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