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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第96章

第1770回

「彼は、絶望の淵から声を上げた。『たとえかの女が誰を愛そうと、ぼくはかの女を諦めることはないだろう。もちろん、かの女がぼくの方を向いてくれるように、かの女が結婚するそのときまで努力はするがね』・・・わたしは、その彼を、絶望に突き落とした。『女性は、男性が思うよりもずっとひたむきなのよ。かの女があなたの方を向くなんてあり得ないわ』・・・その言葉を聞いた彼は、カフェを飛び出して行ったの。そのまま教会のてっぺんによじ登って、そこから飛び降りかねないような勢いだった・・・」
 シャルロットはため息をついた。「・・・そのあと、彼は、決して口にしないと誓っていたアルコールを口にした」
 その言葉を聞くと、モジェレフスキー夫妻は二人とも目を丸くした。
「そして、正体がないくらい酔っ払って帰ってきた彼は、勢いでプロポーズの言葉を口にした」シャルロットはマウゴジャータと同じような表情を浮かべた。「その様子を見たロジェは、彼を家からたたき出したのよ」
 アントーニはぽつりと言った。「そして、彼はそのまま放浪の旅に出てしまった・・・?」
 シャルロットは頷いた。「ええ」
「あのあと、彼がローザンヌを去ったのは知っているわ。でも、そんな事情だったなんて・・・」マウゴジャータは絶句した。
 シャルロットはもう一度頷いて見せた。
「・・・そう。それを聞いて、少しだけ肩の荷が軽くなったわ」マウゴジャータが言った。「わたし、彼が出て行ったのは、わたしがあんな無謀なプロポーズをしたからだとばかり思っていたのよ」
 シャルロットは苦笑した。「あら、間違いなくそのためよ」
 がくっと肩を落としたマウゴジャータに向かって、シャルロットは涙で濡れた顔にほほえみを浮かべた。
「そうでなかったら、彼は決してお酒を飲まなかったでしょうね。あなたの言葉に真実があると思ったからこそ、彼は自暴自棄になってお酒を飲んだに違いないわ」シャルロットは優しい口調で言った。「あなたが後押ししてくれたからこそ、彼はプロポーズの言葉を口にする勇気が出たんだわ。すべて、あなたのおかげだったのね。今更だけど、お礼を言ってもいいかしら?」
 マウゴジャータは目を丸くした。
「・・・あなたのお話の続きを聞かせてもらえるかしら? そう、ヴィトールドがカフェを飛び出して行ったあとのことよ」
 マウゴジャータの目に輝きが戻った。かの女はそっとウィンクした。
「あのあと、飲み物の代金を払ってカフェから出たのよ。もちろん、ヴィトールドの分も含めてね」
「彼が出て行ったあとで、マスターが精算を求めなかったのは、そういうわけだったのね? 彼はいつでもその場で精算する人だったから、あなたに借りがあったことを今まで知らなかったわ。ごめんなさいね」
 いつものように軽口を言い合ったあと、二人は笑い出した。
 男性たちは、そんな二人を驚いたように見つめていた。
 夫の視線を感じたマウゴジャータは、急にまじめな顔に戻った。
「・・・あとで知ったことだけど、カフェから出たところで、入ろうとしていたアントーニに会ったんだそうよ。わたしは混乱していたから、彼がそこにいたことにも、挨拶をしたことにも気がつかなかったんだけど」
「そう。かの女があまりにも思い詰めた表情をしていたから、わたしはかの女の後を追ったんだ。もちろん、かの女はわたしが後ろを追いかけていたことにも全く気づいていなかった。かの女は、まっすぐにレマン湖の方へ歩いて行った。その足取りには全く迷いはなかった。かの女は湖に到着しても足を緩めなかった。そして、そのまま湖に入っていったんだ。まるで幽霊のようだった」
 シャルロットははっとして口に手を当てた。
「わたしは、あのとき、何も考えていなかった。周りが暗くなっていたことも、水が冷たいこともどうでもよかった。死にたかったというわけでもなかった。自分が何を望んでいるかわからなかった。とにかく、何もかもどうでもいいことだったのよ。でも、突然、誰かが後ろから羽交い締めしてきた・・・」マウゴジャータは一息ついた。「水が冷たいことにも気がつかなかったのに、わたしはその腕が熱いことに気がついた。後ろから男性の声がした。『死ぬな! 死んではいけない!』 その声を聞いて、わたしは暴れながらいった。『お願い、止めないで。このまま進ませて』・・・その声の主は、わたしを後ろからしっかりと抱きしめた。『死ぬんじゃない。わたしのために、生きていて欲しい』」
 そう言うと、マウゴジャータは涙声で言った。「・・・その声は、渇ききった心にゆっくりと浸透してきた。わたしは、突然、自分が冷たい水の中にいることに気がついた。自分が暖かいぬくもりに包まれていることに気がついた・・・」
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