FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第96章

第1771回

 マウゴジャータはポケットからハンカチを出して、そっと目をぬぐった。
「それは、わたしの人生を変えた一言だった。わたしは、その言葉の主---もちろん、その声の主がアントーニだったことには気がついていたわ---のほうを向こうとしたの。でも、彼の方は、わたしの意図には気がつかなかった。腕の中でまたわたしが暴れ出したので、彼はますますきつく抱きしめたの。わたしのほうは、彼の顔を見たかっただけだったんだけど・・・もちろん、あたりは真っ暗だったから、振り返っても彼の顔が見えたかどうかはわからなかったけど・・・。そして、彼はわたしの耳元でささやいたの。『愛しています。どうか、わたしを拒まないで・・・』。わたしは、彼に言った。『決してどこにも行かないって誓うわ。だから、離して』・・・でも、彼は、わたしの意図を誤解していたみたい。『結婚してください。はい、と言うまで決して離しません』彼はそう言ったの。『あなたと結婚します。だから、離して。まさか、ずっとこうしているわけにはいかないわ』」
 アントーニは真っ赤になった。たぶん、その場面でも彼は同じように赤面していたはずだ。
「その言葉を聞いたとき、わたしは水の冷たさを忘れてもう一度かの女を抱きしめた。そして、そのままかの女の体を反転させるなり、わたしはかの女を抱きかかえた。あのとき、自分は世界で一番幸せな人間だと思っていた。辺りが寒かろうと暗かろうと、全く気にならなかった・・・」
 マウゴジャータはくすりと笑った。「そして、翌日、二人は風邪を引いて寝込んでしまったのよね。なさけないったらないわ」
 アントーニも笑い出した。「全く、無謀な話だ。今だったら、まず湖から連れ出してからプロポーズしただろうな。二人とも若かったんだよな」
 シャルロットも二人の様子を見ながら、涙ぐんでいた顔をほころばせた。
 タデウシはシャルロットの熱っぽい手を取った。そして、彼はそっとささやいた。
「愛しています。ずっと愛していました。こんなときに不謹慎なことはわかっていますが、どうしても言わずにはいられませんでした」
 シャルロットは彼の手からそっと手を引き抜いた。
「今すぐ、とは申しません。でも、わたしを将来の伴侶とすることを考慮していただけますか?」
 その言葉を聞き、3人とも目を丸くした。口を開いたのはシャルロットだった。
「そうね、確かに不謹慎ね」シャルロットはちいさな声で言った。「こんなときに、結婚なんかできないでしょう?」
 タデウシは首をかしげた。今の言葉の意味を二通り考えたからだ。『こんなとき』だから断ったのか、『結婚できない』が返事なのか。前者なら肯定、後者なら否定だ。全く意味が異なる。
 タデウシは、シャルロットの真意を確かめるため、話を続けた。
「もし結婚してくれるのなら、少しでも早いほうがいい。今結婚すれば、わたしは違和感なくその子どもの父親になれます。誰もが子どもの父親がわたしだと信じるでしょうし、生まれる前から一緒に暮らしていれば、きっとその子どもも、わたしを父親と慕ってくれるでしょう。もちろん、わたしは、子どもに真実を告げる気はありません・・・」
「・・・子ども・・・?」シャルロットはそう言いながら青ざめた。
「もちろん」タデウシは意気込んで続けた。「その子どもだけはなく、あなたの子どもたちをどの子どもも平等に愛すると誓います。自分の子どもも、ほかの男の子どもも、分け隔てなく大切にします」
 その言葉を聞いたシャルロットの表情に、恐怖感が混じった。モジェレフスキー夫妻でさえ、その恐怖を感じ取った。タデウシの優しい言葉のどこにシャルロットがおびえたかまではわからなかったが。タデウシは、自分の言葉を聞いて引きつったシャルロットの表情をじっと見つめていた。
「・・・わたしは、何か不快な言い回しをしてしまったのだろうか?」タデウシはちいさな声でつぶやいた。
「文法的には正しいと思うわ」マウゴジャータがちいさな声でささやいた。
 タデウシは少しためらってから訊ねた。「・・・それとも、子どもの本当の父親と再婚するつもりなの?」
「無理よ。ライモンドは死んでしまったから」シャルロットは即座に答えた。そして、驚いた顔をしていたタデウシに言った。「わたしとライモンドは、本当は結婚していなかったのよ」
 その言葉を聞いて、3人とも驚いた。モジェレフスキー夫妻はシャルロットとライモンドが結婚しているものだと信じ切っていたし、タデウシは子どもの父親がフリーデマンだと思っていたからだ。
「・・・こんなことになるんだったら、もっと早く結婚式を挙げておけばよかった・・・」シャルロットはぽつりと言った。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ