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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第96章

第1772回

 4人はしばらくの間何も言わなかった。
「なぜ、結婚しようとは思わなかったの? ヴィトールドのことを忘れられなかったから?」マウゴジャータが訊ねた。
 シャルロットはちいさな声で言った。
「自分の心の中を覗いてみなかったからよ。怖かったの」シャルロットは答えた。「でも、今度のことではっきりわかったの。わたしが愛しているのは、タデウシ=ボレスワフスキーだったんだ、って」
 うつむいていたタデウシは、驚いたように顔を上げた。そして、深刻な顔をして口を開いた。
「一つだけ確認したいことがある。きみは、ブローニャだったんだね・・・<クラコヴィアク>の?」
 シャルロットは頷いた。
「7歳の時、わたしの目の前に現れた小さな天使・・・がきみだった?」
 シャルロットはもう一度頷いた。「もう、隠しても無駄なようね。いつか気がつくとは思っていた。わたしが誰なのか、そして、わたしが誰を愛しているのかを・・・だけど、まさか、子どもができたなんて・・・」
「彼は、その子どもを自分の子どもとして育てると言ったじゃないか」アントーニが口をはさんだ。「それに、コヴァルスキーさんは、亡くなる前に彼との結婚を認めたはずだ。さらに、きみ自身が彼を愛していると認めた。結論は出ているのでは?」
 シャルロットは首をかしげた。「結論? どうして? あなたの言葉は、三段論法にもなっていないわ」
 その言葉を聞くと、アントーニも不思議そうに首をひねった。
「確かにわたしは、彼を愛していると言いました。でも、彼と結婚したいと言ったわけじゃないわ。愛していると結婚するとの間に、一体どのくらいのハードルがあるか、既婚者のあなたならご存じでしょう?」
 アントーニは答えた。「さあね。わたしは、プロポーズの返事をもらって二ヶ月後には結婚式を挙げていたからね。その間に何らかの障害があったという記憶はない」
 マウゴジャータは笑いをこらえるような表情をした。
「プロポーズの返事はまだだったわね」シャルロットは言った。そしてタデウシの方を見た。「でも、わたしの返事はもうおわかりのはずですよね?」
「なぜなんですか?」タデウシは半分混乱したように言った。「あなたはわたしを愛していると言ってくれた。でも、結婚はしたくないと。なぜ結婚できないんですか? わたしがただのピアニストに過ぎないから? それとも・・・」
 シャルロットは彼の言葉を遮った。「正直に申し上げます。わたしは、あなたの子どもを欲しいとは思いません」
 タデウシは、その言葉を聞くと、驚いてベッドから三歩後退した。
「それでも、わたしと結婚したいと望みますか? 望まないでしょう?」
 彼の目に涙があふれた。
 彼は静かに話し出した。「わたしは、クリモヴィッチ夫妻の家で育ちました。彼らの家を自分の家だと思い、あの家族を理想の家族と思っていました。クリモヴィッチ夫妻の間には、本当の子どもは一人しかいませんでしたが、彼らはすべての子どもたちを大切に育てました。いつか自分が家庭を持つときには、ああいう家を作りたいと思いました。それなのに・・・」
 彼の言葉は涙で途切れた。彼は拳で涙をぬぐうと、話を続けた。
「それなのに、わたしは理想の家族を持てなかった。本当は、経済的に安定してから家族を持つべきだったのに、衝動的ともいえる結婚をしてしまいました。わたしは、妻に苦労しか与えることができなかった。食べていくのがやっとだというのに、妻はわたしがピアニストとして成功することを優先し、わたしが練習に没頭しようがかの女を置いて演奏旅行に出かけようが、愚痴一つ言わなかった。それでも、わたしにはあまり仕事が来なかった。生徒を取って教えることも考えたけれど、生徒もあまり集まらなかった。わたしは、かの女に犠牲ばかり強いた。わたしは、かの女に結婚指輪さえ売ってもらったというのに、かの女はそんなわたしを支えてくれた」タデウシは続けた。「わたしは、かの女に自分の夢を語った。自分の理想とする家族の話をした。だが、わたしはかの女との間にその家族を作ることはできなかった。生活が苦しく、わたしは自分の子どもを持つのを諦めていたからだ」
 そう言うと、彼は髪をかきむしった。
「今になって、自分がいかに残酷なことをしたのか思い知った。愛する人に、『あなたの子どもはいらない』と言われるのがどんなにつらいことなのか、自分がそう言われるまで全く気づかなかった。わたしには、人を愛する資格はない。さようなら、クリーシャ。わたしはしばらくポーランドを去ります」
 シャルロットは驚いたように彼を見た。
「返事を保留していたのですが、演奏旅行の話を受け、しばらく国外で頭を冷やしてきます」そう言って、彼は部屋から出て行った。
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