FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第97章

第1775回

 ライモンド=コヴァルスキーの遺言状を読み上げた若い弁護士は、朗読を終えて小さなため息をつくと、これまでの事務的な表情を崩した。彼は灰青の目をシャルロットに向け、優しく話し始めた。
「いい人は長生きできない、と言いますが、どうやら本当だったようですね」弁護士---ミエチスワフ=レショフスキーの表情は、年齢相応のものになっていた。シャルロットは、彼が33歳だということを知っている。彼はかつて<クラコヴィアク>のファンだった。シャルロットの親友バルバラ=ヴィエニャフスカの婚約者だった。一年間一緒に学んだ仲だった。だが、戦争が始まり、彼はワルシャワの大学に入り、法律を勉強した。卒業後フランスに再留学し、妻となった女性と小さな娘を連れて帰国した。父親同士が親友だったという縁で知り合いだったライモンドに再会し、最初はその援助で仕事を覚え、後にライモンドが自分の仕事を縮小せざるを得なくなったとき、その法律事務所を引き継いだ。今では、若手の弁護士の中でもトップクラスの実績を持つ敏腕弁護士だ。
 1925年のはじめ、ライモンドはスイスに住んでいた又従兄弟を訪ねるにあたって、自分の仕事をレショフスキーに引き継いだ。スイスに行くときには、助手的な立場にいたレショフスキーに自分の代理を頼んだつもりだったが、ライモンドのスイス訪問は予定していた以上に長引き、さらに、不幸な事故が重なったせいで、レショフスキーは結局ライモンドの仕事を全面的に引き継ぐことになってしまった。重大な事件の裁判の際は、ライモンドは、法廷に立つレショフスキーのために資料を作ったりするような裏方の仕事をし、レショフスキーが助言を求めるときにはいつでも相談に応じた。そんなライモンドも、スイスから連れてきた夫人をレショフスキーに紹介したことは一度もなかった。たまたま紹介する機会がなかっただけなのか、ライモンドがレショフスキーと妻を会わせないようにわざとシャルロットのいない時間帯にレショフスキーを呼んだのかはわからない。おそらく後者だろうとシャルロットは思っていた。レショフスキーがシャルロットに会ってみたいと一度でも言ったことがなかったのか、シャルロットは常々疑問に思っていたのだった。もっとも、シャルロットの方もレショフスキーに会いたいとは思わなかったが。
 シャルロットの隣に座っていたヤロスワフ=コヴァルスキーは、その言葉を聞くとふん、と鼻を鳴らした。
 レショフスキーはさらに言葉を継ごうとしたが、ヤロスワフは遮って話し出した。
「あいつにしては、不完全な遺言だな。だいたい、子どもが生まれるとわかったら、さっさと遺言を書き直しておくべきだったのに」ヤロスワフは口ひげをなでた。「わかった。わしが遺言を完結させよう。子どもが生まれるよりは、わしが死ぬ方が先だからな」
「まあ」シャルロットは口をはさんだ。
「その子が男の子だった場合、ライモンドの言うことなんか聞かなくてもよろしい。コヴァルスキー家の跡継ぎはライモンドの息子で問題はない。実の息子がいれば、クリスティアンが跡を継ぐこともあるまい・・・」
「ですが、ライは、クリスティアンを跡継ぎにすることをずっと以前から考えていたんですよ」シャルロットは言った。「それに、おなかの子どもはきっと女の子です・・・」
 そこで咳き込んだので、シャルロットの言葉はそこで途切れた。
「わからんぞ。わしは、次のコヴァルスキー家の当主はクリーシャの息子にすると遺言を残すつもりだ。かりに女の子だったら、クリスティアンと結婚させればいい」ヤロスワフはうなずきながら言った。「ミエテク、わしは遺言を書き換えるぞ」
「それは、後日にしましょう。証人を呼ばなくてはなりませんから」レショフスキーはさらりと言った。どうやら、二人はよく知った仲のようだ。そういえば、レショフスキーの父親とヤロスワフは親友だったという。おそらく、ヤロスワフはレショフスキーを子どもの頃から知っていたのだ・・・。
 シャルロットがそう思っているのを読み取ったかのように、ヤロスワフは言った。
「そうだ、彼の父親がライモンドの名付け親だ。あんなやつに代父を頼んだから、息子は長生きできなかったに違いない。ミエテクの父親も短命だったからな・・・」
「戦争のせいですよ。うちは代々長生きの血統です」レショフスキーはにやりとした。「短命と言えば、わたしの妹も、あなたが代父をつとめたせいで長生きできなかったじゃありませんか」
 シャルロットは顔が引きつらないようにするのに必死だった。しかし、二人の男性はそれには全く気づかなかった。
「・・・そういえば、あんたの妹の名前はクリスティーナだったな・・・」ヤロスワフはぽつりと言った。そして、シャルロットに言った。「もしかすると、クリーシャというのは、長生きできない名前なのかもしれない。気をつけなくては」
「わたしの命は、ライモンドに救われた命ですから、大切にしたいと思います。そして、彼の分も長生きしたいと思います」
 その返事を聞いた二人は、暗い表情になり、黙り込んでしまった。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ