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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第97章

第1779回

 朝食後、シャルロットは再び本を開いた。自分がまっさらな状態でこの本を読んだとき、どんな風景が見えるか・・・を知りたかったからだ。そして、かの女は一つの可能性に行き当たった。かの女はもう一度最初から読み直した。そうしながら、かの女の頭の中は混乱しかけていた。これは、フリードリヒ=フリーデマンの物語だ。でも、どうしてロジェがフリーデリックのことをこれほどまでに---自作の主人公のモデルに考えるまでに---気にかけていたのだろうか?
 音楽学校で知り合った生涯の親友ジュリアン。音楽院主催のダンス=パーティの花だったエリザベート。フレデリックとジュリアンは、かの女にピアノ=トリオを組まないかと提案するが、実のところ、二人ともかの女が好きだったのだ。やがて、フレデリックはドイツに留学することが決まった。彼が国外に出ることは、彼を知るすべての人の望みであったが、彼にとっては逃走に過ぎなかった。なぜならば、留学生選抜試験の直前に、エリザベートとジュリアンの婚約が発表されたからだ。彼は認めまいとしてきたが、二人が相思相愛の仲であることはもはや疑う余地のない事実だった。だから、彼はエリザベートの元を離れたかったのだ。
 ポーランドを出たフレデリックが、留学先でどうしたかは言うまでもない。彼は必死に勉強に取り組み、次から次へとつきあう女性を変えた。彼が有名になっていくほど、彼の行為は<芸術家によくある奇行>の一つだと見なされることが増えていくが、彼自身は単に心の中にずっといる理想の女性を消すことを考えていたに過ぎない。いろんな女性を知れば、いつかきっとあの女性以上の人に巡り会うかもしれない・・・。
 シャルロットはいつしか、主人公フレデリックの視点で小説を読んでいた。最初に読んだときは、浮気性だったアルトゥール=ド=ヴェルクルーズを思わせるその行為を、シャルロットは無意識に嫌っていた。女性を次々に捨てていく主人公の気持ちがわからなかった。自分が女性だったからかもしれない。だが、今のシャルロットは、ひたむきに一人の女性を愛する男性の気持ちが理解できた。自分が、同じようにただ一人の男性を思っていることに気づいてしまったからだ。女性である自分は、彼を忘れるために次々と恋人を取り替えることはできないが、自分がやっていることは他人から見るとそう見えても不思議はない。コルネリウスという婚約者がありながら、別の男性と結婚し、さらにほかの男性の庇護下に入った。それだけではなく、その二人ではない男性の子どもを身ごもっている。他人が見たら、なんという悪女だと思うだろう。しかし、自分の心の奥にはコルネリウスしかいない・・・。
 それがわかっているのに、どうして、こんなところでこんなことをしているの?
 フランスへ戻ろう。それが唯一の解決法だ。だが、糸は完全にもつれている。
『ぼくはシャルロットだけを愛している。何があっても、ぼくの心からかの女を消すことだけは決してできないんだ』
 たとえシャルロットが死んだとしても、決して忘れない。コルネリウスはそう誓い、現実に《亡き恋人の思い出》と共に生きているらしい。彼は、父親の遺言通りの強い男になった。
 だが、今の自分が彼の前に立ったとき、彼は本当に『きみをずっと待っていたんだ』と言ってくれるだろうか? 彼の心にあるのは、かつて彼が覚えていた汚れのない心を持つ女の子なのかもしれない。しかし、今の自分は違う。もし、コルネリウスが今の自分を見て、自分に幻滅してしまったら・・・彼の心の中にもはや自分が存在しなくなったら、自分は生きていられないだろう。自分は、コルネリウスのように強い人間ではない。
 シャルロットは、再び小説に戻った。
 小説の主人公は言う。『かの女がほかの誰かを好きでいてもかまわないんです。かの女のそばにいられさえすれば。でも、もしかの女に嫌われてしまったら・・・かの女の心から追放されてしまったら・・・かの女の心のどこにもぼくの姿がなくなってしまったら、ぼくはもう生きていたくありません。ぼくは、それほど強い人間ではない』
 フリーデリックならそうかもしれない。彼は、それほどの絶望を知らない。
 そう思ったとき、シャルロットの心は凍り付いた。自分がフリーデリックに何をしてしまったか悟ったからだ。もはや希望がないと告げられたフリーデリックは、どんな深い傷を負ったことだろう!
《でも、どうしようもないことだわ。わたしは彼を愛していない。いつかはそれを彼に告げなければならなかったのよ。》
 それを告げられたあと、彼はどうするのだろう?
 しかし、小説の中にはそんな場面は出てこなかった。医者から主人公が不治の病であることを告げられ、ジュリアンとエリザベートは故郷を出てドイツにやってくる。彼らは、フレデリックの最後の日々をともに過ごそうと考えたのである。発作のあとベッドを離れることができなくなったフレデリックに、エリザベートは何か演奏しましょうか、と言い、フレデリックはワーグナーを所望する。
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