FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第97章

第1780回

 シャルロットは、ロジェが口ずさんだ<愛の死>を思いだし、涙ぐんだ。ロジェがシャルロットに口述筆記させたのは、そこまでだった。その場面のあとは、ロジェではなく、リオネル=デルカッセが書き継いだものだ。
 フレデリックは、歌い終わったエリザベートに、一度だけキスして欲しいと頼む。そして、額にそっと口を当てたエリザベートに、『愛している』とささやき、この世を去った。彼は、最後までエリザベートの拒絶の言葉を聞かずに亡くなった。一方的に告白し、返事を聞かずにいってしまったのだ。リオネル=デルカッセが選んだ幕引きは、そういうものだった。
 当時、シャルロットは、ロジェならその終わり方を考えなかっただろうと思っていた。というのは、彼が主人公のモデルに選んだ(とシャルロットが考えていた)彼の父親も、彼の伯父ロベール=フランショームも、自分の恋人より後に亡くなった。だから、ロジェは、小説の終わりに主人公はエリザベートを殺してしまうだろうと思っていたのである。自分の手で愛する人を殺し、その後で自殺を図るだろうと。いや、自殺を図らずとも、主人公は遠からず死を迎えたはずだ。二人とも亡くなってしまったから、小説の冒頭に登場するのは親友のジュリアンだけだったのだ。当時、もし自分が小説を完成させる役目が回ってきたら、そんな終わり方を選択していたはずだ。それがロジェの当初からのもくろみだったのでは・・・?
 でも、あれでよかったのだ。リオネルから見ると、ロジェはそんな生き方をした男だ。親友に『ありがとう』も言わずに死んだ男だ。しかし、リオネルはそんな彼を<最愛の配偶者>と呼んだのだ・・・。
 シャルロットは涙が止まらなくなり、本を閉じた。
 フリーデリック。
 どういうわけか知らないけれど、この小説の主人公は間違いなくあなただわ。だから、ロジェはあえて主人公の名前をフレデリックにしたんだわ。彼は、いつかわたしがあなたの思いを理解するのではないかと思いながら口述筆記をさせた。それが、彼の<最後の置き土産>だった。でも、どうして彼がわたしとあなたを仲介しようとしたのかしら? あなたと彼は、面識があったの?
 もし、面識があったのなら、仲介者は弟のオーギュストだろう。オーギュストとフリーデリックは、パリで一緒に作曲を学んだ仲だ。フリーデリックのことを知ったオーギュストは、兄のロジェに紹介したのだ。二人とも、シャルロットの幼い頃を知っていた<クラコヴィアクのフリーツェック>に何らかの興味を持っていたに違いない。その彼が、ずっと幼なじみを愛していたと知ったとき、ロジェの中で何かが目覚めたのだ。そして、彼は、もう一度トリスタン物語に着手したのだ。
『恋をすると、その人のそばにいるのがつらくなる。だけど、離れることはできない。離れることは、そばにいるよりもずっとつらいから・・・』これは、シャルロットが幼い頃、<恋とは何か>を訊ねたときのフリーデリックの答えだ。大人になっても、あのときの少年は、彼の奥に眠っている。彼は今でも自分を愛している。再会した彼を見た限り、それは間違いない事実だ。彼は<ブローニャ>を愛するあまり、ほかの女性を恋愛の対象から外し続けた。まるで、<愛の死>の主人公のように。ところが、彼は自分の正体を知らないまま自分に夢中になっていった。彼自身、その感情に振り回され続けた。やがて、彼は自分がブローニャだと気づいた。心から愛する唯一の女性が目の前にいることを悟った彼は、決して離すまいとした。しかし、自分はそんな彼の腕からすり抜けた。彼は必死に探し求め、ようやく見つけた。今度こそ、自分を捕まえ、新しい二人の人生を夢見た。それなのに、自分は彼に離れて欲しいと言った・・・。
 彼は、失意のうちにポーランドを去ったはずだ。愛する人が生きているのに、もはや望みはないと最後通牒を突きつけられて。
 これから、彼はどうするだろうか?
 もし、彼があの少年のままだったら、きっと自分のそばを離れられない。彼が自分を愛する気持ちが本物だったら、必ず彼は自分のそばに戻ってくるはずだ。どんな理由をつけてでも。少なくても、自分ならそうする。
 そこまで考えたとき、シャルロットの決心は固まった。フランスへ帰ろう。コルネリウスに本当のことを話し、許しを請うのだ。もしも、彼が許してくれなかったとしても、自分は彼のそばにいたい。彼が許さなくても、その気持ちは変わらない。彼に直接会えなくても、同じミュラーユリュードの地に住み、同じ空気の中に存在したい。アルトゥール=ド=ヴェルクルーズがそうしたように。ロベール=フランショームがそうしたように。そして、ロジェ=ド=ヴェルクルーズがそうしたように・・・。コルネリウスに嫌われてもかまわない。それでも、自分が彼と一緒にいたいという気持ちを誰にも邪魔させない。
 シャルロットは部屋を出て、庭に向かった。お気に入りのロッキングチェアに座っているヤロスワフに、すべてを打ち明け、ポーランドを出ようと思ったのである。
 シャルロットはヤロスワフに声をかけた。しかし、ヤロスワフは、シャルロットがいくら呼びかけても目を開かなかった。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ