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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第97章

第1785回

 その夏が終わりに近づいても、シャルロットは結論を出すことができなかった。かの女は、そのまま屋敷にとどまった。家に戻る勇気が出なかった。ライモンドとフェリシアンがいない家に戻る覚悟ができなかった。ヤロスワフが亡くなったあとも、週末ごとにレーベンシュタイン一家とモジェレフスキー夫妻が訪れる習慣は続いていた。彼らだけではなく、ほかの音楽家たち---カロル=ブレジンスキーとその取り巻きたち、モジェレスフキー夫妻のアパートに住む芸術家たち---が訪ねてくることも増えていた。ユーリアが弦楽四重奏団に正式に復帰したため、シャルロットの双子たちとマリア=テレージア=レーベンシュタイヌヴナの3人は家庭教師と一緒に勉強することになり、マリア=テレージアは両親から離れて<下宿>するようになっていた。
 シャルロットが出産したのは、10月24日木曜日のことだった。この日、一家が直面していた些細な---当人たちにとっては重大な---問題は、生まれてきたのが双子だったということだった。女の子が二人。週末ではなかったため、シャルロットの友人たちは出産に立ち会うことはできなかった。かの女は、執事のユリアンスキーが急遽用意した二つ目のゆりかごに眠る娘を見ながら、『二人分名前を考えなくちゃならないなんて、想像もしなかった・・・』と頭を悩ませることになった。
 4人の子どもたちは、ちいさなゆりかごを見ながらうっとりとしていた。クリスティアンとマリア=テレージアは、生まれたばかりの赤ん坊を見るのは初めてだった。特に、マリア=テレージアは動くお人形が二つも登場したことに喜びを感じていた。
 クリスティアンは、祖父の遺言を忘れてはいなかった。ヤロスワフは、子どもがもし女の子だったら結婚するようにと言い残したのである。だが、生まれてきた女の子は二人だった。クリスティアンには意表を突く出来事だった。
「決心は変わらないの?」シャルロットは枕元に来たクリスティアンに訊ねた。
「おじいさまは、おばさまの娘と結婚するようにと言い残しました。ぼくは、その遺言に従う覚悟はできています。ただ、女の子が二人だとは・・・」クリスティアンは困ったように首を傾けた。
「まさか、二人と結婚するわけにはいかないけど、どうするの? 大きくなってからどちらかを選ぶ?」
 クリスティアンはきっぱりと答えた。「そうすれば、選ばれなかった方が傷つきます。それなら、今のうちに決めておきます。最初に生まれた子と結婚します。おじいさまも、まさか二人同時に生まれてくるとは思わなかったのですから、二人目を考慮に入れずに考えます」
 先に生まれた方の双子の男の子たちは、クリスティアンが言い切ったとたんに拍手した。
「うれしいな。これで、クリスティとも本当の兄弟になれるんだね?」
「妹の夫だから、クリスティがぼくたちの弟になるの?」双子は口々に話し始めた。
「静かにしなさい。わかりました。約束は守ってちょうだいね。テレーニャ、あなたも約束の証人になってちょうだい」
 マリア=テレージアは頷いた。
「最初とか二番目とかじゃなくて、名前はどうするの、先生?」マリア=テレージアの関心はそこに向いていた。だが、シャルロットは子どもたちに、赤ん坊の名前を相談することはなかった。
 シャルロットは、翌日の夜に駆けつけてくれた二組の夫婦に、それぞれに命名と代父母を頼んだ。シャルロットの出した条件は二つだった。最初に生まれた子どもにはユーリア=ルドヴィーカ、あとに生まれた子どもにはマウゴジャータ=アントーニナと代父母の名前をつけること、それぞれの子どものファーストネームは、代父母につけてもらうこと。ただし、最初の子どもはAから始まる名前、あとの子どもにはZから始まる名前をつけて欲しい、と頼んだのである。レーベンシュタイン夫妻はアグニェシカを選び、モジェレフスキー夫妻はゾフィアを提案した。
 こうして、クリスティアン=コヴァルスキーはアグニェシカ=コヴァルスカと婚約することが決まった。
 これで、一家にとって当面の問題は解決した。彼らは何も知らなかったが、このとき、遠いアメリカの地では、シャルロットの又従兄弟たちがもっと深刻な災難に直面していたのである。女の子たちの誕生日であるこの日---1929年10月24日---は、のちに<ブラック=サーズデイ>と呼ばれ、世界大恐慌の幕開けとされる日として記憶されることになる。亡き父親が築き上げた大帝国<ストックマン=スクロヴァチェフスキー商会>を引き継いでから数ヶ月後のことで、経験の浅い新社長ジグマンド=ストックマン=スクロヴァチェフスキーにとって、この波はあまりにも大きすぎるものだった。シャルロットが又従兄弟のウラディーミル=ストックマン=スクロヴァチェフスキーにあてて書いた子どもの出産の知らせの返事は、かの女が思いも寄らぬものだった。かの女は、その手紙で彼らの父親であるヴィンセントが数ヶ月まえに病死していたことと、会社が倒産したこと、新社長のジグマンドが自殺したことを知った。シャルロットは、その晩泣き明かした。
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