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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第98章

第1793回

 1932年3月初めのある日曜日の午後だった。
 その日、シャルロットはワルシャワにいた。大切な用事がすべて片付き、迎えの車がくるまで、あと1時間あった。子どもたちにそろそろ春のセーターを作る時期かもしれないと思ったかの女は、いつものなじみの店に向かって歩き出していた。
 かの女は、行く手の方から親子連れがやってくるのを見て、思わず立ち止まった。父親と母親と7~8歳くらいの男の子、というごく普通の3人組だったのだが、その父親に見覚えがあったからだ。彼は、弁護士のミエチスワフ=レショフスキーだった。
 むこうがこちらに気づかないうちに方向転換しようか、とも思ったが、シャルロットはヴェールを深く下ろしただけで3人組をやり過ごそうと考えた。たぶん、ミエチスワフは自分に会いたくないだろうと思ったから、あえて挨拶をするまでもないと考えたのである。
 ミエチスワフは表情を硬くしたまま、背筋をピンと伸ばして歩いていた。何か考え事に没頭している様子だった。おそらく、その<考え事>の中に家族は含まれていなかっただろう。彼は、妻と子どものために歩く速度を緩めてはいたが、かの女たちに対してそれ以上の関心を持たない様子で歩いていたからだ。買い物の途中だったらしく、彼は何か紙袋を持たされていた。だが、その紙袋に対しても無関心に見えた。しぶしぶ買い物につきあっているのだろう。
 彼の隣を歩く女性の視線は、店舗の方に向いていた。どうやら、まだ何か買うつもりなのだろう。あの調子では、かの女が何か買いたいと思ったら、まず夫の関心を引かなければならないだろう。彼は歩くことにしか関心がないようだったから。
 美しい女性だ、とシャルロットは思った。華やかな雰囲気を持っている。ブロンドの髪をしていた婚約者とは、見かけも雰囲気もまるで違う女性だった。確かに、ミエチスワフがしらふだったら決して近づかないタイプの女性だ。彼は、子どものためだけにかの女と結婚したと話していた。だが、その<子ども>は女の子だったはず・・・? シャルロットはあらためて子どもを見たが、あの髪型や服装を見る限りでは、男の子に間違いない。それでは、あの女性は奥さまではなく・・・?
 シャルロットが戸惑っているのに気づかないまま3人は通り過ぎていった。たとえ気づいていても、女性とその子どもにとっては、シャルロットは全くの他人だったので関心の持ちようもなかっただろうが・・・。
 かの女は不意に誰かに肩をたたかれて振り返った。
「クリーシャ・・・だよね?」そこに立っていたやせた男は、シャルロットが頷くなりきつく抱きしめてきた。
 シャルロットが身をよじって逃げだそうとしたのを感じ、男はかの女を離し、すまなそうに言った。
「いきなり、ごめん。わたしが誰か、思い出せない・・・?」
 シャルロットは目を見開いた。そこに立っていたのは・・・。
「タデウシ=ボレスワフスキーです。お忘れですか?」彼は優しくそう言った。「わたしのほうは、一日たりとも忘れたことはありませんでした」
 シャルロットは赤くなって下を向いた。それを見ているうちに、彼も赤くなっていった。
「少し、話してもいい?」彼は、ためらいがちに訊ねた。
「ええ」
 自分から会話の口火を切ったのに、彼はしばらく言葉を探しているようだった。やがて、彼は考えながら話し始めた。
「あれから、いろいろなところに行ってきました。いろいろなものを見て、いろいろなことを体験しました。それなのに、目の前に現れるもののすべてが、何か遠い世界の出来事のような気がしていました。やがて、わたしには一つのことがわかってきたのです」
 シャルロットは、彼が何を言い出すのか、二つの可能性を考えていた。だが、この間の取り方からすると、彼の結論は一つしか考えられなかった。彼は、自分にプロポーズするつもりでいるらしい。しかし、かの女は彼と結婚するつもりはなかった。3年の空白があって、かの女はますますそれを確信していた。彼とだけではなく、ほかの誰とも結婚するつもりはない。今の暮らしが一番快適だったからだ。どうやったら、彼を再び落胆させずに断ることができるだろう・・・?
 一生懸命に話していたタデウシは、出し抜けに話を止め、シャルロットをにらみつけた。
「・・・わたしの話を、全然聞いていなかったでしょう?」
 シャルロットは真っ赤になった。
「見ればわかりますよ。あなたは、何か考え事をしているようだった。たぶん、わたしが何を言おうとしているかわかったんでしょう? そして、何と言って断ろうかと考えていたんだ。図星でしょう?」
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