FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第98章

第1799回

 タデウシは、シャルロットのちいさな娘たちに視線を移した。かの女たちの成長が、すなわち、彼らの別離の期間だった。あのとき、シャルロットが彼を選んでくれてさえいれば、彼はシャルロットの子どもたちの出産からずっと一緒にいられたのだ。そうなっていれば、あの男の子たちの戸惑いの表情を見なくてもすんだかもしれなかった。
 タデウシたちが挨拶を交わしている間に、シャルロットは、タデウシが泊まる部屋について指示をしていた。それは、最高級の客人を泊める部屋ではなかった。家政婦長に指示を出しているシャルロットのそばにいた執事のユリアンスキーは、シャルロットのその選択に驚いた。シャルロットの夫となるような男性なら、当然最高の部屋に泊まるものだとばかり思っていたからだ。家政婦長も同じ考えだったようだが、かの女はシャルロットの指示を聞くと、何の疑問もはさまずに、部屋の手配をするためにその場を離れていった。
 ユリアンスキーは、シャルロットとタデウシの間には、まだ結婚というような取り決めがないのだ、と悟った。
 彼は、いつか執事になると決めて以来、チャルトルィスキー家の執事であったヴォイチェホフスキーを見習うようになっていた。子どもがいなかったヴォイチェホフスキーは、そんな彼を自分の後継者として密かに教育していた。彼の師匠は、彼が成長するのを待たずにこの世を去ってしまったが、彼は自分なりに訓練を続けた。こうして、彼は、屋敷の主の望みを、主が口に出す前にある程度察することができるという能力を身につけていった。さらに、何も言われないうちに状況を把握する能力も、だ。ほんの子どもの頃から、彼はシャルロットの考えていることを、あるていど理解できていた。そんな彼だったからこそ、シャルロットが今どのような混乱状況にあったか察することができたのである。
 まず、シャルロットとタデウシは恋人同士らしいのは間違いない。結婚前提でおつきあいをしようとしているのも確かなようだ。だが、シャルロットは、子どもたちの反応を見ると、彼をフィアンセ待遇でこの屋敷に迎え入れるのは時期尚早だと判断したようだ。本来ならば、<特別なお客様>にふさわしい客室に案内すべきところを、一般客と同じ客室に案内させようとしたのには、二つの理由が考えられる。一つは、子どもたちの反感を恐れたからだ。お互いによく知り合う前に<敵認定>されるのは、タデウシにとっていいことではない。もう一つは、タデウシがシャルロットの身分に釣り合うような階級の人間ではなかったことだ。もし、ライモンドのような男性だったら、貴族にふさわしい待遇を求めただろう。当然、シャルロットはそういった階級の人にふさわしい部屋に案内させたはずだ。ただ、この人だったら、逆に、そんな部屋に案内したら、自分たちの身分差を意識して萎縮してしまうかもしれなかった。タデウシは、『俺さまは、この屋敷の将来の主だ。きみたちは、主にふさわしい態度を取り給え』というような態度を取るような人間ではなかったのである。
・・・もっとも、そんな人間だったら、奥さまは彼を好きにはならなかっただろう。ユリアンスキーはそう思った。
 タデウシが翌朝、モジェレフスキー夫妻と一緒にワルシャワに戻るのだと聞かされた子どもたちは、とりあえずタデウシと休戦しようと決めたらしかった。泊まり込んで父親面されても困る、と思っていた彼らは、一様にほっとしたのである。
 客人の訪問で、シャルロットと子どもたちは教会へ出かける予定を変更しなければならなかった。子どもたちは再び図書室に戻り、大人たちは紅茶を飲みながら近況報告をした。シャルロットは、読まなければならない手紙があるからといって席を外したので、その場はタデウシとモジェレフスキー夫妻だけになった。タデウシの部屋の準備ができないという理由で、彼らはしばらくそのまま話し込んだ。
 さて、シャルロットは書斎に入ると、中から鍵をかけた。そこまでする必要もなかったかもしれないが、かの女は誰にも邪魔されずに手紙を読みたかった。気持ちを落ち着かせるため、かの女は、まずユーリア=レーベンシュタイノヴァからの手紙に目を通した。その手紙には、彼らがまもなくワルシャワに戻ると書かれていた。タデウシ=ボレスワフスキーと一緒に戻るから、月曜日には顔を出します、と書かれていた。シャルロットは思わずほほえみを浮かべた。手紙より先に、ボレスワフスキーと再会してしまったと聞いたら、ユーリアは一体どんな顔をするだろう?
 シャルロットは、<ギュンター=ブレンデル>氏からの手紙の封を切った。ドイツ人らしい筆跡に見覚えはない。単に同姓同名の男性からの手紙なのかもしれない。そう思って便せんを開いたシャルロットは、驚いて便せんを取り落としそうになった。
 最初の行に書かれていた言葉は、フランス語であった。《親愛なるモン=プティタンジュ》という文字が目に入ったとたん、シャルロットは、手紙の主がかつての同級生ギュンター=ブレンデル本人だと悟った。かの女をその呼び名で呼ぶ人間は、サント=ヴェロニック校で知り合った人たちに限られていたからだ。かの女は、手紙の最後に書かれたサイン《ギュンター=ブレンデル アンシクロペディー》を読み、確信を深めた。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ