FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第98章

第1800回

《親愛なるモン=プティタンジュ
 この手紙は、あえてフランス語で書かせてもらうよ。もし、誰かの目に触れることがあっても、フランス語であれば、そう簡単には読まれることはないだろうと思うからね。
 3年前、わたしは、ある幸運な偶然から<クリスティアーナ=コヴァルスカ>というポーランド人女性のヴァイオリン=リサイタルを見に行く機会を得た。作曲家のリシャール=マティスに、『チャンスがあったら、一度見に行った方がいい。いや、絶対に見に行くべきだ。すごい新人だぞ』と言われ、新聞記者枠で無理矢理会場に入り込んだのだ。そもそも、あのリシャール=マティスが手放しで褒めるということ自体異例なことだった。
 無名のヴァイオリニストだったが、フリードリッヒ=フリーデマン、かつてのクラコヴィアクのフリーツェックが、いったいどんなヴァイオリニストをポーランドから発掘してきたのか、みな興味津々だった。正規の方法でチケットを手に入れるのはどうやっても無理だった。そのヴァイオリニストが美人だったということが噂に拍車をかけた。二人が愛人関係にあるという噂まであったが、わたしには信じられなかった。若い女流ヴァイオリニストは、きわめて清楚な女性だったし、かの女が演奏する音楽は、あまりにもストイックなものだったからだ。
 かの女が楽器を構えた瞬間、わたしは彼がかの女を発掘してきた理由がよくわかった。あの女性は、彼の初恋の人そっくりの演奏をしたからね。構え方も、音の出し方も、楽器の歌わせ方も、わたしが知っているあの女性そのものだった。だが、あの女性---クラコヴィアクのブローニャは、1925年に事故死したはずだ。それなのに、どうして今ここにいるのだ? クリスティアーナ=コヴァルスカとは一体誰なのだ?
 その謎が判明するのに、3年もの月日を要した。新聞記者というのは便利な職業だが、その職業を最大限に利用しても、きみの正体を知り、きみの居所を知るためにこれだけ時間がかかってしまった。関係者の口を割らせるため、いろいろ策を弄したが、彼らを責めないでやって欲しい。わたしたちのかつての友情に免じて、せめてコペルニクス=カルテットの連中だけは許してやって欲しいんだ。・・・》

「コペルニクス=カルテットの連中、ですって?」シャルロットは手紙を読むのをやめ、独り言を言った。シャルロット自身は、チェリストのユーリア以外の3人とは、会ったことがある、かどうかすらあやふやな程度のつきあいしかない。第一ヴァイオリンを弾く青年は、<土曜の夜の集会>に2~3回やってきたことがあるが、第二ヴァイオリンを弾いていた青年の記憶はほとんどと言っていいくらい、ない。確か、イギリス人だという話で、ポーランド語は片言しか話せないのだと聞いて、英語で挨拶したくらいだ。ヴィオラの青年とは会ったという記憶すらない。
 ということは、彼に情報を与えたのはユーリアだということになる。だが、秘密のほぼ全容を知るユーリアだけは、不用意にシャルロットのことを誰かに話したりはしない。シャルロットはそれが確信できた。では、残りの3人の誰か、いや<連中>というからには複数の男性たちが・・・?
 シャルロットは、<コペルニクス=カルテット>のメンバーをもう一度思い出そうとした。もしかすると、こちらが向こうを知らなくても、向こうはこちらを知っていた可能性もある。そもそも、あの4人の誰一人として、ポーランドで<純粋培養>された人間はいないはずだ。だからこそ、国際的に名前を知られている割にポーランド人だと認識されることが少ないコペルニクスの名を、あえて自分たちのカルテットの名前にしたのだ。ひょっとすると、彼らの中の最低一人と、カルテットのメンバーとして紹介される以前にも会っていた可能性がある。フランスか、スイスかで。
 シャルロットは手紙の残りにざっと目を通すと、客間に戻った。コペルニクス=カルテットと共演したことがあるタデウシならば、彼らのことに多少詳しいはずだと思ったからだ。
 シャルロットからカルテットのメンバーについて訊ねられたタデウシは、一瞬びっくりしたような顔をした。
「彼らについては、きみのほうがよく知っているものだとばかり思っていた」タデウシのその言葉を聞き、シャルロットは唖然とした。
「彼らの方は、きみを知っているようだったからね。もっとも、今回の演奏旅行以前にはそうじゃなかったけど」タデウシはそう続けた。「・・・そうか、きみは彼らとは<シャルロット=ザレスカ>として挨拶を交わしたことが一度もなかったんだよね?」
 シャルロットは絶句していた。
「そもそも、コペルニクス=カルテットというのはね・・・」タデウシは、彼らがカルテットを組んだきっかけから話し出した。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ