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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第98章

第1804回

 シャルロットは、ギュンター=ブレンデルに手紙を書いた。
 自分の近況を正直に書いたシャルロットの手紙に対し、ギュンターは、ドイツで生活することに嫌気がさしたこと、ポーランド出身の妻がワルシャワに戻りたがっていることは前の手紙でも書いたことである。シャルロットに、自分たちのポーランド帰国を支援して欲しい。もちろん、シャルロットの過去のことは伏せるという条件だ、という返事を寄こした。シャルロットは、ギュンターに、奥さまと一緒に帰ってくる前に、<ワルシャワでの新居を探すため>とか何か適当な理由をつけて、一度シャルロットのところを訪問してくれるように頼んだ。その際、自分に会うことは伏せて欲しいと頼んだ。ギュンターの妻とは、<クリスティアーナ=コヴァルスカ>として出会いたい。何があっても、かの女には自分のことを知られたくないから、彼とコヴァルスカ夫人との偽の過去をねつ造しなければならなかったからだ。手紙でやりとりしてもいいが、手紙だと、奥さまの目に触れる可能性がある。だから、直にあって相談したいのだ。それには、<コペルニクス=カルテット>の協力も必要だから、彼らも交えてじっくり話がしたかった。
 シャルロットのその依頼に対し、ギュンターは、7月訪問を指定した。その時期ならば、秋からの就職のために前もって仕事と家探しをしたい、という口実に対して妻が違和感を抱かないだろうから、と書いてきた。そこで、シャルロットは、<土曜の夜の集会>で知り合った<クーリアー>新聞社の社長に彼の話をした。社長はギュンターを記者として採用するという案に乗り気になり、ギュンターがワルシャワ訪問する際、面接をしてみたいと言った。こうして、ギュンターのワルシャワ旅行の話がまとまってきた。一緒に行きたいというブレンデル夫人に対しては、二人で行けば旅費も滞在費も倍額になる。候補の家を3つ決め、最終決定はかの女に任せる。だから、下見は一人で行くと言ったらしい。その際、可能なら仕事もきちんと探してくる、と。
 ギュンターの訪問の知らせには、具体的な訪問日時が記されていた。シャルロットは手紙を受け取ったあと、最初に、ギュンターの宿泊先のホテルを決め、3週間の予約を入れた。それから、レーベンシュタイン夫妻と一緒に、ギュンターとカルテットのメンバーを<土曜の夜の集会>に招くための日時の調整に入った。もちろん、それぞれには、ほかに誰を招待しているかを知らせずに、だ。その集会には、やはり詳しい事情を話さないまま、タデウシ=ボレスワフスキーも招待していた。
 約束の日が来た。
 シャルロットは、執事のユリアンスキーだけを連れて、駅までギュンターを迎えに行った。
 二人が最後に会ったのは、1913年のことだ。あれから約20年が過ぎている。いや、ギュンターの方は、3年前にステージでかの女を見ているはずだから、20年ぶりの再会というのはあたらないかもしれない。それでも、駅で再会したとき、気づかない可能性がある。ギュンターは、赤い蝶ネクタイを身につけると書いてきていた。そして、トランクの持ち手に赤い布を結びつけておくと。それで、シャルロットは、首に白いスカーフを巻き、ハンドバッグの持ち手に白い布を結びつけると約束していた。
 かの女の目の前を、赤い布をくくりつけたトランクの持ち主が通り過ぎた。シャルロットは、その後ろ姿に声をかけた。
「ヘル=ブレンデル?」
 ブロンドの髪をした男性が振り返った。髪の色よりも少し濃い口ひげを生やしていたその男性に、シャルロットは呼びかけた。
「アンシクロペディー!」
 男性の顔に驚きが浮かんだ。「プティタンジュ・・・なのか?」
 シャルロットの顔にぱっと笑みが広がった。
 男性---ギュンター=ブレンデルは、トランクをもどかしげに手から落とし、シャルロットをがばっと抱きしめた。
 その様子を見て、顔色を変えたユリアンスキーが二人を乱暴に引き離そうとした。シャルロットは、ユリアンスキーがギュンターの肩に手をかけたのを見て、慌てて言った。
「大丈夫、ユリアンスキーさん。この人は・・・」
 ユリアンスキーは手を引っ込めたが、ギュンターに向けた表情は崩さなかった。
「・・・わたしの昔のクラスメートだから・・・」シャルロットの言葉の後半は、弱々しげに響いた。かの女は軽く咳払いしてから、ギュンターに言った。「・・・でも、サント=ヴェロニック校では、こんな挨拶は習わなかったはず。紳士は・・・」
 ギュンターは涙のたまった目でシャルロットを見つめ、続けた。「・・・いついかなるときも、紳士でいなければならない」
 そして、シャルロットが彼の前に差し出した右手に、ひざまずいてキスをした。それは、サント=ヴェロニック校の生徒が習う正式な挨拶だった。
 彼らが交わしたあまりにも古風な挨拶を見て、ユリアンスキーは思わず目を丸くした。
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