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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第10章

第184回

 エマニュエルが目を覚ましたとき、クラリスはもうそこにはいなかった。


おはよう、エマニュエル。よく眠れましたか? わたしは、家に帰ることにしました。あなたは、ここで勉強を続けて下さい。そして、ちゃんと卒業して下さい。それまで、あなたをずっと待っています。机の上にあった懐中時計を、婚約指輪のかわりに頂いていきます。不便でしょうから、かわりに、わたしの時計を置いていきます。クラリスより


 その時計を見て、エマニュエルは思わずほほえんだ。
 手紙の下の方に、かの女のフォンテーヌブローの住所が書かれていた。
「次の休みに、本物の指輪を持っていくよ、クラリス」エマニュエルがつぶやいた。
 その懐中時計の話を、彼はクラリスにしたことはなかった。
 もし、話していたら、かの女は懐中時計を持っていっただろうか?
 いや、持っていかなかっただろう・・・と彼は思った。そんな大切なものを、かの女が欲しいというはずはなかった。
 ただ、彼は、もしクラリスから<婚約指輪のかわりに>何かを求められたら、迷わずにあの懐中時計を渡していただろうと思った。
 それは、彼にとって、父親の唯一の形見であった。
 彼は、複雑な家庭環境の元で育てられた。彼は、両親を知らずに育った子どもである。彼を育てたのは、母方の祖父母、そして彼らが亡くなった後は、母親の妹とその夫であった。彼の母親は、彼を産んで間もなく亡くなっている。彼の父親は、再婚するにあたって彼を捨てた。相手の女性が、赤ん坊だった彼を育てることを拒否したからである。こうして、彼は死んだ母親の両親に引き取られることになったのである。
 彼の父親は、別れる際に、彼の手に自分の懐中時計を握らせたのだ・・・と養母は語った。
 その懐中時計は、スイス製の高価なものであった。ほとんど狂いがない精密な作りも貴重なものだが、何よりもそこに掘られている女性の顔が彼にとっては大切なものだった。それは、父親が母親の肖像を彫らせたものだったからである。養母は何も言わなかったのだが、養母にそっくりなその顔を見ていれば、彼にも想像はついた。裏側には、持ち主のサインのかわりに、イニシアルが刻んであった。
<S&S>と刻まれたイニシアル。
 ひとつ目のSは、彼の母親の名前ソフィー=ド=サン=メランに間違いなかった。
 しかし、もうひとつのSは?
 彼は、自分の父親の名前さえ知らなかったのである。
 彼は、クラリスの時計を見ながら思った。
 サンフルーリィ夫妻に会いに行こう。
 彼らのところにクラリスを連れて行かなければならない。
 そして、今こそ、本当のことを聞かなければならない。
 彼の本当の両親のことを。
 生き別れになったという実の兄のことを。
 そして、両親の墓の前で、自分の婚約者を紹介するのだ!
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