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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第98章

第1810回

 二人は、どちらからともなく暖炉の前の長いすに座った。もちろん、この季節に暖炉の火は入っていなかったが。
「皆の前では聞きにくかったから、呼び止めてしまった」ギュンターが口を開いた。
 タデウシは頷いた。
「わたしの推理が正しかったら、きみは、わたしの妻にだけは会いたくないだろうと思って」ギュンターが言った。
 タデウシはもう一度頷いた。
「さっき、わたしとシャル---いや、クリーシャが並んで立っているときのきみの顔を見た。わたしたち夫妻が立っていると思ったんだろう? これまで、あれほど恐ろしそうなものを見るような目で見られたことはなかった。戦場で、銃を突きつけられた敵兵でさえ、あんな表情を浮かべた人は一人もいない。一瞬の後、この世を去るはずの人間でさえね」ギュンターは話し出した。「きみは、言いたくないことは言わないと誓った。言いたくないのなら、無理には聞かない。だが、聞いておいた方がいいような気がしたんだ」
 タデウシはぼそりと言った。「わたしがあなたなら、決して聞かない」
 ギュンターは苦笑した。
「だが、わたしは、あなたに話しておきたい。そうしなければ、かの女はまたわたしを不幸にするだろう」タデウシは言った。「そもそも、かの女はなぜあなたを選んだのかわからない。あなたは、かの女の好きなタイプではないはずなのに。これまでかの女が好きになったのは、みんな表面ばかり明るく振る舞う、軽薄そうな男ばかりだった。どうしてかの女が、わたしのような根暗な人間や、あなたのような知的なタイプの人間を選んだのか、どう考えても不思議だった」
 ギュンターは頷いた。「きっと、わたしの外見がお気に召したのだろう」
 今度はタデウシが苦笑した。「あなたの外見に? ありうるな。あのタイミングで現れたんだ。おとぎ話に出てくるような、金髪碧眼の王子様に見えても仕方なかっただろう。それとも、あなたに似た金髪碧眼のかわいらしい娘が欲しかった、とか」
 ギュンターの表情が急に硬くなった。しかし、暖炉の方を向いていたタデウシはそれには気がつかなかった。
「それで、お子さんは?」
「・・・いや、まだだ」ギュンターは一瞬置いてから答えた。
「それは残念だ。あなたたちのお子さんなら、さぞかわいらしいか、さぞ賢いか、運がよければその両方に違いないから」タデウシが言った。
「いろいろ努力はしているんだがね」ギュンターはそう言って寂しそうに笑った。
「わたしたちにも子どもはいなかった。だが、イレーナがそれについて不満を言うことは一度もなかった」そして、ちいさな声で付け加えた。「リリアーナだったら、そうはいかなかっただろうが」
 ギュンターは小さく頷いた。
「さっきも話したが、わたしとイレーナの結婚生活は、かの女の誤解からスタートした。だが、同じシチュエーションであっても、リリアーナには決してああ言わなかったと100パーセント断言できる。だからといって、リリアーナに恨まれるのは筋違いだと、今でも思っている」
「恨む?」
「その言葉が言い過ぎだとしても、嫉妬に近い感情はあったと思う。あの姉妹はお互いに愛し合っていなかったのは確かだ。リリアーナはイレーナを妹ではなくメイドのように扱っていたし、イレーナの方も、姉ではなく女主人のようにリリアーナに仕えているように見えた。わたしがリリアーナに言い寄るという手間を省いてイレーナに声をかけたからと言うだけの理由でかの女に恨まれたのだとしたら、お互いにとっても救いはない。しかも、プロポーズは誤解だったんだ」
 ギュンターは黙って頷いた。
「イレーナが病気になったとき、わたしは弱気になった。もしかしたら、リリアーナがほんの少しでも妹に優しい気持ちを向けてくれると期待した。イレーナの病気を知らせる手紙を書いたが、返事は拒絶だった。短い手紙には、『あなたの奥さまなのだから、あなたが何とかすべきです』と書かれていた。そのあと、危篤を知らせる電報を打ったが、返事はなかった。だから、かの女との接触を断つ決心をした。かの女に、イレーナの葬儀に出て欲しくなかったからだ。だから、葬儀のあとで死亡通知を出した。あなたが電報のことを知らなかったとすれば、もしかして、電報はかの女に届かなかったのだろうか?」
 ギュンターは考え込んだ。
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