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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第100章

第1830回

 ボレスワフスキーは目を覚ました。見慣れたいつもの天井ではなかった。彼は、ぼんやりとした頭で、今、どこのホテルにいるのかと考えた。演奏旅行は終わって、ワルシャワに戻ったはずだったが、あれは夢だったのか? だとすると、いやな夢を見たものだ。早く、旅行が終わって欲しい。そして、シャルロットに再会して、今度は・・・。
 枕元のイスに、シャルロットが座っていた。かの女は座ったまま眠っていた。まぶたが涙で濡れている。
 ああ、そうか、あれは夢ではなかったんだ・・・。ボレスワフスキーはゆっくり頭を振った。意識がはっきりしないまま、彼はもう一度眠りについた。
 シャルロットは、彼が一度目を冷ましたことには気がつかなかった。かの女が起きたのは、かすかなノックの音に反応したからだ。
 入ってきたのは、レーベンシュタイン夫妻だった。ルドヴィークが妻を迎えに行って、病院に戻ってきたのだ。
「タデック!」ユーリアは、小さな叫び声を上げ、眠っているボレスワフスキーの元へ走った。
 対照的に、ルドヴィークはシャルロットに軽く会釈をし、ゆっくりと歩きながら言った。
「あれから、何か変わったことは?」
 シャルロットは頷いた。「処置が早かったので、一命は取り留めたそうよ。あれから、ずっと眠っているわ」
「それにしても、まさか、ほんとうに自殺を図るなんて」ユーリアは、弟を戒める姉の口調でボレスワフスキーに話しかけた。「あなた、どうかしているわ、タデック」
 ボレスワフスキーはそれには反応せず、静かに寝息を立てていた。
「モジェレフスキー夫妻も、こっちに向かっているはずだ。それにしても、ずいぶん厳重にガードしているものだな」ルドヴィークはそう言って、シャルロットの隣に立った。
「彼は、有名人だから、こうするほかなかったの。病院で一番いい部屋なら、それなりにプライヴァシーが守られると思ったのよ。まさか、<有名な大ピアニストが自殺を図った>、なんてジャーナリストたちにかぎつけられたら、それこそ何を書かれるかわからないわ。だから、病院関係者すべてに口止めをしたし、それ以前に、彼の名前を伏せているわ。今の彼は、タデック=ルジツキーよ。とっさに思いついた名前だけど、その名前を言えた人だけを中に入れるように頼んでいるの」
 ユーリアは目をぱちくりさせた。
「申し訳ないとは思ったけど、あの有名な財閥一家の名前をお借りしたわ。そうでもしなかったら、病院の人たちが、黙っていてくれるとは思えなかったから」シャルロットが言った。
「それにしても、あのルジツキー財閥を名乗るとはね」ルドヴィークはあきれて小さくため息をついた。「とっさにしても、やりすぎじゃないのか?」
 シャルロットは肩をすくめた。「財閥のどら息子の不祥事にふさわしい前金は、病院に払っているわ。彼の意識が戻ったら、こっそり裏口から返してくれるという確約も取っているわ。たぶん、ルジツキー家にばれないうちに退院できると思うわ」
「・・・それにしたって・・・」ルドヴィークはもう一度ため息をついた。
 そのとき、もう一度ノックの音がした。現れたのはモジェレフスキー夫妻だった。
 マウゴジャータは、シャルロットに駆け寄って抱きしめた。「助かったんですってね、よかったわね」
 シャルロットは涙を流しながら頷いた。
「さあ、落ち着いたら、あのあと、コンサートホールで何があったか話してくれ」アントーニが言った。そして、彼は、そこに置かれていたソファを指さした。
 特別室とあって、その部屋には大きなソファが置かれていた。5人が悠々座れるくらい大きなソファが。シャルロットは、病室とは思えないくらい豪華な戸棚の前に立ち、備え付けのティーセットを取り出した。この病室には、なぜか、小さなキッチンまである。シャルロットはポットに湯を沸かし、セットを持ってテーブルに戻ってきた。
 アントーニは、シャルロットが紅茶を入れるのをあきれたように見つめた。
「きみは、こんなときにでも落ち着いていられるんだな」
 ルドヴィークは、シャルロットの手つきをじっと見つめていた。彼には、シャルロットが動揺しているのがわかっていた。手がかすかに震えている。ポットを手から落とさないようにするだけで手一杯のはずだ。よく、冷静な芝居ができるものだ。ふと見ると、ユーリアも心配そうにシャルロットの手元を見ていた。やはり、自分たち二人の目をごまかすことはできなかったようだ。
 シャルロットは、各自の前にカップを置き、疲れたような口調で言った。
「さあ、どうぞ」
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