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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第100章

第1833回

 ルドヴィークが近づき、マリアーンの肩をぽんとたたいた。
 シャルロットのほほえみの威力は、彼もよく知っている。しかし、女嫌いで、女性を寄せ付けないという評判のマリアーンがそんな表情になるとは思わなかった。彼はマリアーンの肩をたたき、にやりと笑って見せた。
「・・・きっといい父親になって見せます、たとえ子どもが50人でも・・・」マリアーンはぼんやりとフランス語でつぶやいた。
 ルドヴィークは、『えっ?』と声を出さずに言った。その表情を見て、マリアーンははっと我に返った。
「・・・今、何か言ったか?」マリアーンはルドヴィークにささやいた。
「・・・50という単語が聞こえたけど?」
「・・・ん、なんでもない。ただの独り言だ」そう言うと、マリアーンは、普段の声に戻ってシャルロットに言った。「はじめまして。この泣き虫の兄です」
 マリアーンはシャルロットと握手し、また考え込むような表情に戻った。少し間を置いて、彼の顔が輝いた。
「・・・そうだ、思い出した」マリアーンは大きく頷いた。「どこかで聞いた名前だと思った。そうだ。あなたは、あのヴァイオリニストですね、ベルリンでフリーデマンの作品を演奏した、幻の美人ヴァイオリニスト・・・?」
 ユーリアはふきだした。「何それ? すごいキャッチフレーズね」
 マリアーンはまじめな顔で言った。「なるほど、あなたは美しい方ですね、噂通り」
 そう言うと、彼は全員の方を見た。
「ベルリン=フィルの演奏会のニュースは、フランスでも報道されたんだ。なんといっても、評判の演奏会だったからね。ずっと沈黙を続けていた若き天才と、売れっ子作曲家の新作が同時に初演されるなんて、めったにない話だ。二人が親友なのは有名な話だが、二人そろって、無名の女流ヴァイオリニストに初演を依頼するなんてね。しかも、どちらの曲も、作曲家自らが指揮台に立ったんだぞ? これが評判にならないわけがないだろう?」マリアーンの目が輝いた。「しかも、そのヴァイオリニストがものすごい美人だとすれば、音楽に興味がない人でさえチケットを手に入れようとするはずだ。ベルリン在住者でも、チケットを手に入れるのに苦労したと聞く。フランス人のわたしが、簡単に聞きに行けるコンサートではない。それなのに、その女性は、演奏が終わると忽然と姿を消した。アンコールの拍手にも応えず、いつの間にかホールから消えていた。演奏会が終わってからしばらくの間、関係者が血眼になってかの女の行方を捜したのだという。しかし、その後、かの女が表舞台に立つことはなかった」
 そう言うと、彼はタデウシに言った。
「タデー、この方なんだね、この前きみが話していた女性は?」タデウシが頷くと、彼は続けた。「そうか、よかったな」
 シャルロットは少し赤くなった。「彼は、どんな風に話していたんですか?」
「3年前、ある女性にプロポーズした。しかし、その女性は彼の子どもは欲しくないと答えたそうだ。彼はひどく打ちのめされ、3年間の演奏旅行に出た。かの女から距離を置いて、自分の心の中を見つめ直してみたいと思ったからだ。だが、わたしと会ったときには、彼は決心を固めていた」マリアーンは優しい口調で言った。「あなたは、彼の生い立ちのことをご存じのはずだ。彼がどんな風に育ってきたかもよくご存じだろう。わたしたちは、一組の家族だった。わたしを育ててくれた両親は、わたしの本当の親ではなかった。にもかかわらず、わたしは彼らの愛を感じたし、わたしたちの家族は、ほかの家族に負けないくらいあたたかな家族だった。そう、クリモヴィッチ夫妻は、自分の本当の子どももそうでない子どもも、全く同じように育ててくれたように思われた。だが、彼だけではなく、わたしたち全員が知っていた。その家族には、一人だけ不幸な子どもが存在することを」
 ユーリアは抗議しようと口を開きかけた。しかし、ルドヴィークは『彼の話を最後まで聞け』と妻に目で訴えた。
「ほんの少しだけ想像力を働かせればよかったんだ。もし、自分の両親が、ほかの子どもを自分よりかわいがっているのを見たらどんな気持ちになるのか。わたしは子どもだったとき、クリモヴィッチ夫妻を本当の親ではないと知っていたが、彼らを愛していた。彼らは、どの子どもたちも同じように愛していることを知っていた。ただし、わたしは子どもだったから、彼らがどの子どもにも同じように接するように努力していたことにだけは気づかなかった。その努力の過程で、たった一人の愛する子どもに犠牲を強いていたことも」
 そう言うと、彼はユーリアの手を取って泣き出した。「ごめん、ユーリ。いつか謝りたいとずっと思っていた。わたしたちは、きみが注がれるべき両親の愛情を奪い取ってしまった。許して欲しい」
 ユーリアはマリアーンを優しく抱きしめた。マリアーンは声を上げて泣き出した。
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