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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第100章

第1836回

「・・・ほんとうは、行きたくなかったんだ。だが、ルーディに押し切られた」タデウシはぼそっとつぶやいた。
「そう? とにかく、わたしたちは彼が来るのを待っていたの。ところが、その前にわたしたちにとっては招かれざる客がやってきてしまったの」
「・・・フリーデマン氏?」マリアーンがちいさな声で訊ねた。
 ユーリアは頷いた。「彼を見たクリーシャは、とっさに帰ろうとしたの。そのかの女を、彼は引き留めたの。話がある、といってね。二人きりになりたくないというかの女の願いを聞いて、わたしが<話し合い>に同席したんだけど・・・」
 そう言うと、ユーリアは小さくため息をついてから続けた。
「あの場で何が起こったか、全部目撃したわたしが話すのが一番みたいね」ユーリアは話した。「部屋に入るなり、彼は、かの女に謝罪したの。かの女は、彼がしたことを許すけれど、彼と仲直りをする気はないと言ったわ。自分には大事な男性がいて、その男性がプロポーズしてくれたら一緒に生きていくつもりだ、だから自分の人生に、彼の居場所はないと言ったのよ。去って行こうとしたかの女を抱きしめて、彼は強引にキスをしたの。ちょうど、その瞬間にタデックが現れて・・・」
 マレクはうめいた。「噂の二人がキスをしているのを見れば、かの女を愛する男なら動揺するな。しかも、その男が、どんな女性にもモテると知っていれば、なおさら」
「・・・どうやら、そうみたい。その場面だけを見たタデックは、二人の仲を誤解したの。そして、二人が結婚するのを見るくらいなら死んだ方がましだと言って飛び出して行って・・・」ユーリアは一度言葉を切ってから、はっきりと告げた。「あなたが出て行くのを見て、クリーシャは彼に言ったの。『その手を離して。彼は死ぬ気なのよ。もし、彼が死んだら、わたしも生きてはいられない。わたしは本気よ』。彼は手を離した。あれほど絶望している人間の顔を、わたしはこれまで見たことはないわ」
 マレクは驚いて言った。
「・・・ちょっと待て。今の言葉が聞き違いでなければ、クリーシャは、世界的な大作曲家のプロポーズを蹴ってタデックと一緒になろうと思った、ということで間違いないよね?」
 ユーリアは頷いた。「ええ、そういう理解で間違いないわ」
「正気の沙汰じゃない。やつは、世界的な大作曲家なんだぞ」マレクはそう言って黙った。
「そう思うだろう?」タデウシは初めて口を開いた。「わたしだって信じられないさ。しかも、当の二人が情熱的なキスをしている場面を見たんだぞ。あの二人が愛し合っていて、明日にでも婚約会見を開くと思ったって不思議はないだろう?」
「ばかね」ユーリアはつぶやいた。「その気があったら、3年前にそうしていたはずだと思わないの?」
「思わないさ。しかも、あの直前に、もとの義兄が言ったんだ。『どうして何年もの間、プロポーズを受けてくれなかったのかを考えたことがあるか? もしかすると、かの女はほかの男を愛しているからかもしれないとは思わないか?』と。その<ほかの男>がフリーデマン氏だと思ってもしかたないだろう?」
 ユーリアは『えっ?』というような表情を浮かべた。あのブレンデル氏が、それほどまでの洞察力を持っているとは思わなかったからだ。
 しかし、マリアーンはその表情を誤解した。「わたしも一つ聞きたい。3年前というと、あのコンサートのころから、フリーデマン氏はかの女に目をつけていたというのか?」
「たぶん」タデウシが答えた。
「ふうん。あの大作曲家が無名の女流ヴァイオリニストを発掘してきたのは、その美人ヴァイオリニストが彼の愛人の一人だったからだという噂は本当だったんだ」マリアーンは考え込むような表情でそう言ったが、ユーリアににらみつけられ、すぐに言葉を継いだ。「いや、仮にそうでなかったとしたら、彼はかの女を口説くつもりで・・・」
「違うわ」ユーリアはマリアーンをにらんだまま言った。「かの女は、もともとオプションだったのよ。彼の本命は、タデックだったの」
「あいつは、女性だけではなく男性でもよかったのか?」マレクが口をはさんだが、かえってきたのはユーリアの冷たい視線だけだった。
「マレク」ユーリアは鋭い声で言った。「まじめな話よ」
 マレクはしゅんとして下を向いた。
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