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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第100章

第1837回

 一同を見回した後、ユーリアは、説明を続けた。
「もともとは、フリーデマン氏は、自作のピアノ曲を初演してくれるピアニストに会いにポーランドにやってきたの。より正確に言えば、おしのびでワルシャワに来て、候補者のタデックを見ていくつもりだったみたい。そのとき、うっかりと挑発にのせられて、クリーシャとタデックは、彼の前で演奏することになってしまって・・・」ユーリアが言った。「彼は、二人とも欲しいと言ったの。かの女にはヴァイオリンコンチェルトを、彼にはピアノ組曲を演奏してもらいたいと。クリーシャは最後までいやがっていたんだけど、結局はベルリンに行くことになったのよ。そして、かの女がフリーデマン氏の曲を演奏しているのを見た彼の友人のマティス氏が、自作のコンチェルトも演奏して欲しいと言ったの。それが、あの演奏会の真相よ」
「それじゃ、かの女が彼の愛人だという噂は?」マリアーンが訊ねた。
「言いがかりだわ。かの女はすでにタデックを愛していたのよ。そのかの女に、彼はちょっかいを出そうとしただけよ」
「つまり、かの女が失踪したのは、フリーデマン氏の前から姿を消したかったからだと? 3年前にも彼はかの女に振られたと言うことだな? そのとき、かの女は彼を振ってタデーの所に戻ってきたんだよな? じゃどうして、そのとき、かの女はタデーをも振ったんだ?」マリアーンは不思議そうに訊ねた。
 タデウシはさっとユーリアに目を移した。ユーリアはルドヴィークを見た。その視線に気づいたマリアーンは、ルドヴィークを見つめた。ルドヴィークはマリアーンから目をそらした。
 しかし、口を開いたのはルドヴィークだった。彼は、考えを整理し終わったような表情になり、こう言った。
「・・・一言で言えば、状況が悪かった」ルドヴィークが言った。「運悪く、その直前に、かの女は最愛の夫を失った。そんなかの女にプロポーズしても、『今は待ってちょうだい』という返事が返るのは当然だろう?」
 マリアーンは眉をひそめた。
「・・・つまり、その当時、タデーとフリーデマン氏は、夫や子どものいる女性に横恋慕していた、というのか?」
 マレクは顔を上げ、にやりとしたが、ユーリアの冷たい視線とぶつかると、真剣な表情に戻り再び下を向いた。
「厳密にはそうとも言えないのだが、まあ、そんなところだ」ルドヴィークが答えた。
 マリアーンは目をぱちくりさせ、タデウシにこう言った。「きみが、そんな女性に夢中になるとは、信じられない」
 タデウシは小さくため息をついた。「きみは、女性嫌いだからな。かの女が夫の存命中からわたしを好きだった、と知って、かの女が嫌いになってしまうのが怖い。かの女はそういうひとじゃない。わたしたちはきちんと距離を置いてつきあっていた。いや、つきあっていたという表現はあたらないかもしれない。わたしとかの女のつきあいは、ルーディとかの女のつきあいと同じくらい完全にプラトニックなものだった」
 ルドヴィークは頷いた。
「恋愛の対象ではなく、最も大切な友達・・・というのが、当時のわたしたちの関係だった。かの女とは常に適切な距離を保っていた。神に誓ってもいい」タデウシはそう言った。「だから、きみにも、かの女を新しい妹だと思って欲しいんだ」
 マリアーンは返事しなかった。
「かの女は、この世で一番大切な女性なんだ。頼む、マリアーン」タデウシは重ねていった。「わたしにはもったいないくらいすばらしい女性なんだ。かの女がわたしを好きになってくれるとは、今でも信じられない思いなんだ。昨日だってそうだ。わたしは、彼と一緒にいたかの女の姿を見て、これ以上ないくらいに落ち込んだ。かの女のいない人生なんて考えられなかった。だから、できるだけ遠くへ行きたかった。どうやってもかの女が追いかけてこられないような、遠いところに行きたかった。気がついたとき、コンサート=ホールのステージの上にいた。そうだ、こここそ自分が死ぬのにふさわしい場所だと思った。目を閉じると、あの日のことが思い浮かんだ。あの日も、自分は不安の中にいた。愛する女性が行方不明と知った直後のステージだった。ユーリの言葉だけを信じて、わたしはステージに立った。『かの女は、きっとここに来ているわ。あなたがそれを信じなかったら、一体誰がそれを信じるの?』・・・わたしは、一気に瓶の中の薬を飲み干した。そのとき、誰かがわたしに飛びついてきた。そうだ、ユーリは正しかった。かの女はそこに来ていたのだ。そして、かの女は、わたしの手から、からになった瓶を奪い取った。『あなたは、いつだって自分勝手だわ。どうしてわたしの分を残してくれなかったの?』。・・・あとのことは覚えていない。目が覚めたら、病院のベッドの上だった。かの女がわたしを助けてくれたんだ。今度は、わたしがかの女のために生きる番だ」
 そう言い終わると、タデウシはマリアーンの前で頭を下げた。「頼む、マリアーン。どうかわたしたちを祝福して欲しい」
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