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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第100章

第1839回

「今度死のうと思ったら、先にかの女に薬を飲ませるんだぞ。かの女だったら、必ず半分残してくれるだろうから」マレクは続けた。「そうでなかったとしても、かの女は決しておまえを死なせることはないぞ」
「そうかもな」タデウシは頷いた。「肝に銘じておくとしよう」
 そのとき、シャルロットは大きなカートを持って部屋に戻ってきた。そのカートには、紅茶のセットとサンドウィッチがのっている大きな皿がのせられていた。男性たちは、驚いたあと、うれしそうに歓声を上げた。
 マレクは遠慮なく皿に手を伸ばし、サンドウィッチを取ると、むさぼるように口に入れた。ユーリアは、もう一度手を伸ばそうとした彼の手をぴしゃりとたたいた。
「お行儀が悪いわよ、マレク」ユーリアは子どもをしかりつける母親の口調で言った。
「・・・だって、うまいんだぞ、これ」マレクはしゅんとして言った。
 タデウシは笑顔になっていた。「ほんとうに、うまそうだな」
「生きていると実感したような顔だな」ルドヴィークが言った。
 その間に、シャルロットは紅茶をカップに注ぎ終わっていた。マリアーンはその手つきをうっとりと見つめていたので、その場で何が起こっているのか全く気づいていなかった。ただ、なにやらおいしそうな香りがすると思っただけだった。
 シャルロットは、最初にマリアーンの前にカップを置き、レーベンシュタイン夫妻、マレク、タデウシの順でカップを渡した。それから、ルドヴィークの方を向いた。ルドヴィークは心得たように、食前の祈りの言葉を口にした。
『アーメン』と言い終わるのとほぼ同時に、マレクが皿に手を伸ばした。ユーリアは、思わず顔をしかめたが、ほかの男性たちもわずかの差で手を伸ばしたので、諦めたようにため息をついた。
「うまいっ!」声を出したのはマリアーンだった。「<母さんのイチゴジャム>だ!」
 その言葉を聞き、ルドヴィークはにやりとした。その一瞬の隙を突き、ほかの男性たちがあっという間に次のサンドウィッチに手を伸ばしていた。マレクは黙って次々とサンドウィッチをほおばり、タデウシも同様にしていた。もう、言葉はなかった。
 皿に山盛りに盛られていたはずのサンドウィッチは、あっという間に消えてしまった。シャルロットが紅茶のおかわりを注ごうと立ち上がる前の出来事だった。シャルロットは、立ち上がり、彼らに言った。
「あら。もう少しおなかにたまるものの方がよかったようね。もっとたくさん作ってくるわ」そして、かの女は台所に姿を消した。
 その姿を見て、ユーリアも後に従った。
「わたしも、手伝ってくるわね」
 女性たちの姿が消えたところで、ルドヴィークは残った人たちに紅茶のおかわりをついで回った。
「・・・まるで、子どもの頃みたいだな」ルドヴィークは笑っていた。「きみたちは、いつまでたっても、食べ盛りの子どもみたいだ」
 マリアーンが言った。「クリモヴィッチ夫人を思い出すなあ。かの女も、家庭的なひとだったっけ。いつもおいしいものをたくさん作ってくれた。だが、本当は甘いものは好きじゃなかったんだ」
 ルドヴィークは驚いたような顔をした。
「だって、あのにおいがね・・・」マリアーンは顔をしかめた。「イチゴを煮ているときの、あの甘ったるいにおいって・・・。ああ、またあれを作ってるのか、と思うとため息が出たものだ。いや、イチゴだけじゃない。母さんのジャムって、イチゴだけじゃなくどれも甘ったるくてね。それに、あれなんて・・・そう、リンゴのコンポート。あれには参ったよな」
 マレクはふきだした。
「だけど、きみとテオは、あの魔女の鍋が好きだったよな」マリアーンはにやりとした。
「うん。台所は天国だった。味見をするといって、そこら辺のものを手当たり次第口に入れて、母さんにしかられていたな。だって、いつだっておなかがすいていたんだぞ。そんなときに、『ジャムの味見をする?』って聞かれたら、一も二もなく飛んでいくさ。子どもという生き物は、たいていおなかがすいているものだからな」マレクが答えた。
「きみの場合は、いつでもだろう?」タデウシが笑いながら言った。
「だが、イチゴジャムがこんなに懐かしいものだとは思わなかったよ」マリアーンの顔に笑みが広がった。「間違いなく、母さんのジャムは世界一だった。あのジャム、母さんのレシピだろう? まさか、ユーリが作ったんじゃないよな?」
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