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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第100章

第1843回

「えっ?」ボレスワフスキーは声に出した。
「約束の1934年まであと一年ちょっとだが、もう約束を果たすことができないとわかっているのだから、もう一つの約束も果たさなくてもいいだろうと思う」マリアーンは続けた。「なぜ、その場にきみが居合わせなかったか。それは、きみが、当時かの女とは二度と会いたくないと思っていたから。そして、それを知っていたかの女が、きみを刺激したくないと思っていたからだろう」
 マリアーンはタデウシを見つめた。
「まだ気づいていないんだね。そうか。じゃ、もっと詳しく話そう。あれは、1914年のことで、最初にかの女と会ったのは3月のことだった」
 タデウシは目を見開いた。
「・・・ジュネス=コンクール?」
 マリアーンは大きく頷いた。「そう。あのコンクールの時、きみも一緒に来てくれていた。まるで敵地に乗り込むようなものだったが、きみがいてくれて、本当にうれしかった。もし、あのとききみがいてくれなかったら、わたしはどうなっていたことだろう」
「・・・わたしがいなくても、きっと一位になっていたさ」タデウシがつぶやいた。「きみは、それだけの実力を持っていた」
 マリアーンはほほえんだ。「あのときの審査員が、そう思っていてくれていたら、もう少し幸せな気分になれただろうに」
 マレクがくすくす笑った。「フランスのコンクールで、ブラームスなんて選曲するからだ」
「だが、かの女は言ってくれた。『あなたが優勝できたのは、ブラームスを演奏したからじゃないですか』と」マリアーンはうっとりしたように言った。「前回の優勝者に、そんな言葉をかけられたら、どんなに舞い上がってしまうことか・・・」
 そのとき、シャルロットは追加のサンドウィッチを持って部屋に入ってきた。
 ルドヴィークは「そのくらいにしておけよ。サンドウィッチの追加が来たぞ」と声をかけた。
 マレクはわっとうれしそうな声を上げたが、サンドウィッチに反応したのは彼だけだった。マリアーンとタデウシは、黙ったまま見つめ合っていたからだ。
「前回の・・・優勝者・・・だと?」タデウシは乾いた声を出した。
 ルドヴィークは、シャルロットの手から皿を取ると、かなり乱暴に皿をテーブルの上に置いた。それでも、二人は話をやめなかった。彼らの視界の外で、シャルロットはかすかに震えていた。ユーリアは、全員を見回したあと、シャルロットのそばに立った。部屋に入ってきたばかりのかの女だったが、二人の異様な雰囲気に気がついていた。シャルロットはその場を逃げだそうとしたが、ユーリアはかの女の手を握って離さなかった。
「まず、食べよう!」ルドヴィークは、彼にしては乱暴な口調で言った。この危険な会話をやめさせなければならなかった。
 しかし、二人は全く動こうとはしなかった。マレクも皿から目を離し、二人を代わる代わる見つめた。一波乱ありそうな雰囲気になった。
 ルドヴィークは、がっくりと肩を落とし、目を閉じた。この後何が起こるのかわかっているシャルロットは、傍目にもはっきりわかるくらい震えていた。しかし、そのシャルロットの手を握っていたユーリアには、シャルロットがどうしておびえているのか見当もつかなかった。
 タデウシは、マリアーンが何を話そうとしているのか悟った。だが、彼の言葉を遮ろうとは思わなかった。マリアーンはシャルロットが生きていることを知らない。まず、彼がどのくらいかの女のことを思っているのか全部聞き出したい。その後のことは彼の言葉次第だ。
「・・・きみがいいたいのは、あのときの<モンスター>のことか?」
 マリアーンはゆっくりと頷いた。「そうだ」
「だが、きみは、その女性を嫌っていたはずだ。会ったこともないその女性を、きみは<モンスター>と呼ぶほど嫌っていた」タデウシは言った。
「そう、あのコンサートの前までは、確かにそうだった」マリアーンは認めた。「かの女がいたせいで、自分が正当な評価を受けていないと思い込んでいたからだ。だが、そうではないと、かの女に会って気がついた。あのひとは、本当の天才だった。わたしなどとは、桁違いのね。ルビー4個分の差がどんなものか、肌で感じたよ」
 タデウシは何も言い返さなかった。
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