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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第100章

第1846回

 そう言うと、シャルロットはタデウシの方に行き、彼に手を差し出した。
「わたしには、その手を取る権利はない」タデウシが言った。
 シャルロットは彼を見下ろした。そして、その手をゆっくりと引っ込めた。
「もう一度聞いてもいいかしら? あなたの考えは変わらないの?」シャルロットが訊ねた。
 タデウシは、何か苦いものを口に含んだような表情で答えた。「何度も言わせないでくれ」
 シャルロットの目から再び涙がこぼれ落ちた。かの女は、彼を見つめながら言った。
「一度口から出た言葉は、二度と戻らないものなのよ。言った本人は忘れるかもしれない。でも、聞いた人間は忘れないかもしれない」
 そう言うと、かの女は寂しそうな表情をした。
「あなたは、自分の言葉を撤回したつもりかもしれない。でも、わたしは、返事を撤回しません」シャルロットは言った。「少なくとも、今すぐには。近い将来、わたしは、もう一度あなたの意思を確認します。そのときまで、わたしたちの婚約は成立していると考えてちょうだい」
「・・・考えは、変わらない」タデウシはぼそりと言った。
 シャルロットは顔を上げ、マリアーンに言った。
「これが、わたしの返事です。かりに、彼との婚約が解消されたとしても、あなたと結婚することは決してありません」
 そして、その返事を聞かず、シャルロットは部屋を出て行った。そのまま家から出て行ったのは間違いなかった。
 しばらくの沈黙の後、マレクはいきなりテーブルのサンドウィッチに手を伸ばした。彼は、サンドウィッチをほおばり、満足そうなうなり声を上げた。その場に即さない彼の態度に、全員があきれたようなまなざしを送った。
 一瞬おいて、ルドヴィークもサンドウィッチに手を伸ばした。
「ルーディ」彼の妻があきれたような声を出した。
 マレクが口を開いた。
「とにかく、食え。空腹では、まともな判断はできないぞ」
「口に食べものを入れてしゃべらないで」ユーリアが抗議した。
 マレクは、両手にサンドウィッチを持っていた。右手にはユーリアの作ったジャムサンド、左手にはシャルロットのハムサンドがしっかりと握られていた。どちらも一口以上かじったあとがある。
「相変わらず、欲張りだな」マリアーンがあきれたように言った。
 マレクは、口の中に入ったものを飲み下してから口を開いた。
「どっちもうまいぞ」マレクはにやりとした。「まるで、クリーシャになったみたいな心境だ」
 首をかしげる人たちに、彼は解説した。
「右手にタデック、左手にマリアーン。どっちがおいしいか?ってさ」マレクが言った。「贅沢な悩みだよな?」
「あなたみたいに、どっちもつまみ食いするわけにはいかないわ」ユーリアが言った。
「うーん」マレクはうなった。「いいアイディアだと思ったんだがな」
 ユーリアはマレクをにらみつけた。
「・・・夢と同じ結末、か」マリアーンは、もう一度ピアノの前に座り、ブラームスを演奏し始めた。
 突然、タデウシは立ち上がり、部屋を飛び出して行った。
「あ、タデック」マレクは呼び止めたが、手遅れだった。
 マレクは座り直し、小さくため息をつくと、再びサンドウィッチに手を伸ばした。
「・・・まあ、いいか。まずは腹ごしらえだ」そう言うと、マレクは再び両手にサンドウィッチを持ち、交互に口に入れた。
 ルドヴィークも、何も言葉を発しないまま食べ続けていた。
 ユーリアは、彼らを見ながら小さくため息をついた。
 子どもの頃みたいだ。彼らは、つまらないことで何度も喧嘩し、何度も仲直りを繰り返していた。だが、今度のことは子どもの喧嘩じゃない。それにしても、彼らのやっていることは、いつまで経っても子どもの頃とそっくりだ。 
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