FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第101章

第1849回

 そう言うと、医者はユリアンスキーの方を見てこう言った。「大丈夫、患者は頭をけがしているだけだ。心配いらない」
 それでも、ユリアンスキーの表情は硬いままだった。
 クルピンスキー医師は、司祭館の一部屋にシャルロットを運ばせた。ちょうどそこへ警官が駆けつけたので、シャルロットを運び入れるのに協力した若者たちとユリアンスキーは、現場で事情を聞きたいという警官と一緒に外に出て行った。
 入れ替わるように部屋に入ってきたのは、やはり青ざめた表情をしたフリードリッヒ=フリーデマンだった。
「ブローニャが襲われたんですって?」フリーデマンはようやくそう口にした。彼は、ためらいがちな様子で医者の方を見た。彼の位置からではシャルロットの様子が見えなかった。それでも、彼は、医者が中に入るように勧めるまでドアの所を動こうとはしなかった。
「ドアを閉めて中に入りなさい」クルピンスキー医師は短く命令した。
 フリーデマンはゆっくりとした足取りで部屋の中に入ってきた。かなり強い意志で駆けよりたいのを押さえている様子が、医師にもよくわかった。もし、誰もいなかったら、彼は間違いなくベッドに駆け寄り、シャルロットのそばで大きな声を上げていただろう。彼は、辛抱強く医師の次の言葉を待った。
「ちょうどあの場に居合わせてよかった」医師はそう続けた。「慎重にここまで運ぶことができたからね。患者は頭を強く打っている。声をかけるだけではなく、強く揺さぶっていたらどうなっていたか考えたくもない。出血があったおかげで、頭の中に血がたまるという最悪の事態も防げた。傷も、縫うほどのものではない。自然にふさがるだろう。まもなく、意識も戻るはずだ」
 フリーデマンは大きく息を吐き出した。
「どうやら、かなり堅いもので殴られたようだ。拳ではなく、木槌か金槌のようなものを使われたかもしれない。意識が戻ったら、頭蓋骨の骨折を調べなければならないだろう。触った感じでは、骨は折れていないようだが、ひびが入ったかもしれないしな」クルピンスキー医師が続けた。「この状態で考えられる最悪の事態は、外に出てこない血液が、頭の中で固まってしまうことだ。最悪の場合、それがもとで死ぬこともあり得る。血の塊の場所によっては、体のどこかに支障が出るかもしれない。たとえば、半身不随とか、手や足が動かせなくなるとか、目が見えなくなるとか・・・ね。現時点では、何もわからない。運がよければ、何の後遺症もなく完治するだろうし。ここから先は、医者の力は及ばない。神の領域だろう」
「神の領域?」若い司祭はにやりとした。「医者であるあなたの言葉とは思えない」
「マルチン」クルピンスキーはたしなめるように言った。
 そして、クルピンスキーは小さくため息をついた。「わたしだって、若い頃は、かなりうぬぼれていたと思う。自分が全能だと思っていた。医者にはできないことなど何もないと思っていた。人類は、死さえ超越できると思っていた。少なくても、ポーランドを出る頃まではそう思っていた」
 司祭---マルチン神父は、クルピンスキー医師のそばにいすを持ってきて座った。そして、フリーデマンにも同じようにするように身振りで示した。
 フリーデマンがいすを探そうと辺りを見回したとき、シャルロットはうめきながら目を開けた。
「ブローニャ!」フリーデマンは思わず大きな声を出した。
 シャルロットは苦しそうに顔をしかめた。
「・・・どうだね、痛むだろう?」
 シャルロットはその声の主の方に顔を向けようとして、慌てて毛布を握りしめた。
「めまいがするんだね? 気持ちが悪くはないか?」医師は優しく訊ねた。
 シャルロットは目を閉じた。まだ毛布を握りしめたままだった。
「タデウシ=クルピンスキーだ。わかるか?」
 シャルロットは薄く目を開け、「ドクトゥール=クルピンスキー?」とちいさな声で言った。
「ここは、聖マルチン教会の司祭館の中だ。この部屋にいるのは、わたしと、マルチン=ヤンコフスキ神父と、フリーツェックの3人だけだ」医師はそう言った。
「マルチン神父・・・さま?」シャルロットはゆっくりと手を差し出した。「・・・わたしは、もうすぐ死ぬんですね? あなたは、懺悔を聞くために呼ばれたんですね?」
「ブローニャ!」フリーデマンはたしなめるように言った。「きみが死ぬわけがない」
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ