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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第101章

第1850回

 シャルロットの目から静かに涙がこぼれ落ちた。「じゃ、なぜレクィエムが聞こえるの? あれは、ヤン=クルピンスキー先生の曲よね? わたしのために練習してくれているんでしょう?」
「違うよ。あれは、わたしがフリーツェックに頼んだんだ・・・わたしの知り合いのある女性の記念のために、ミサを捧げたくてね」クルピンスキーが答えた。
 フリーデマンは頷いた。
「もしよかったら、その女性の話を聞いてはくれまいか?」クルピンスキーはそう続けた。「きみは、もちろん横になったままでかまわないよ、ブローニャ。具合が悪かったら、すぐにそう言ってくれ。わたしは、きみの主治医であることを決して忘れたりはしない」
 シャルロットは『わかりました』というように唇を動かした。頭を振ることが無理なのは、さっきのめまいでよくわかっていた。
「あらためて、紹介しよう。彼は、マルチン=ヤンコフスキー。わたしの妹の忘れ形見だ。そして、わがクルピンスキー一族の最後の生き残りだ。ただ、何の因果か、司祭などになりおって。クルピンスキー一族も、彼で最後だ。兄の家族ももう誰も生きていないし、妹夫婦ももはやこの世の人ではないからな」
「でも、あなたがいます」マルチン神父が言った。「あなたは、独身の誓いを立ててはいない。まだ、妻子を持つのを諦めるような年でもない」
 フリーデマンも頷いた。
「だが、もう結婚することは考えていない」彼は寂しそうに言った。「結婚したいと思った唯一の女性がこの世にはいない今となってはね」
 そう言うと、彼は胸に下げたペンダントをぎゅっと握りしめた。
「昔々で始まるような話でもないが、あるところに3人の兄妹が住んでいた。中でも一番賢いのは、末の妹だった。その妹のすぐ上の兄であるわたし、タデウシもそれなりに秀才だった。一番上の兄は夢見がちの子どもで、頭の良さで評判になったことは一度もなかったが、教会のオルガニストにとっては、自分の本当の息子と同じくらいの秘蔵っ子だった。聖歌隊では一番すてきなボーイソプラノで、オルガンを弾かせてもかなりの腕前だったからね。もちろん、彼の息子も同じくらいの才能の持ち主だったけどね。わたしたちの家はとても貧しかったが、町中の人たちがわたしたちの将来について本気で考えてくれていた」クルピンスキーは遠い目をして話し始めた。「もし、わたしたちがもっとおそい時代に生まれていたら---せめてきみたちくらいの世代だったら、周りの環境も違うものだったろう。しかし、わたしの妹を取り巻く環境は、たとえば、あのマリア=スクウォドフスカのものとは大きく違っていた。せめて、かの女のように、教育熱心な親の元で育っていたら、妹の将来は変わっていただろう。もしかすると、かの女の名前は、エミリア=プラテルやマリア=スクウォドフスカと同じように、後世の少女たちのあこがれになっていたかもしれない。もしも、わたしたちがもっとしっかりしていれば、かの女の人生は変わっていただろう・・・」
「・・・そしたら、マルチン神父なんて言う憎たらしい男もこの世にはいなかっただろうし?」神父は片目を閉じた。
 クルピンスキーはため息をついて、続けた。「ヤンが留学することに対しては、さほど障害はなかった。教区には、音楽に対する理解者がいてね、その一家は代々正オルガニストになろうとしている若者に対して資金援助を行っていた実績があったからね。もちろん、きみはその一家のことはよく知っているはずだ。その一家はコヴァルスキーという姓を持ち、ザレスキー家をはじめとする音楽家たちのスポンサーだった。当時の当主だったアレクサンデル=コヴァルスキーは、才能ある二人、ヤンとコンスタンティ、その二人ともフランスへ留学させるために熱心に働きかけた」
「コンスタンティ?」シャルロットはちいさな声で言った。
「そう、リンデ一族の人間は、すべてコンスタンティという名前だった。わたしが言っているコンスタンティは、現在オルガニストをしている方で、作曲家だった息子の方ではない」クルピンスキーはそう言って、力なく笑った。「年齢を考えれば、当然だが」
 シャルロットは、作曲家だったみどりの目の青年のことを思い出し、静かに目を閉じた。
「だが、ヤンは、自分一人だけがポーランドを離れるのをいやがった。しかし、留学費用は一人分だけだ。そこで、わたしは国費留学生の資格を得ようと考えた。それには、一つ障害があった・・・」
「・・・まさか、学力が足りなかったというわけじゃないですよね?」マルチン神父はくすくす笑った。
 それを見て、フリーデマンも苦笑いした。
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