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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第101章

第1851回

 クルピンスキーは盛大にため息をついた。「・・・そうか、きみたちは一人っ子だったな」
 そう言うと、彼はまじめな顔をした。「かりに、わたしが国費留学生としてフランスへ行くとする。そうしたら、ポーランドには妹が一人残されることになる。だが、かの女を連れて行くだけの資金はない。いくらわたしよりも成績がよくても、かの女が国費留学生に選ばれるのは難しい。そこで、わたしと妹は家庭教師の道を選んだ。資金を貯め、かの女を留学させるためだ。それを見届けてから、わたしが国費留学生の試験を受ける。そうすれば、三人とも留学の道が開かれるはずだ・・・そう考えたんだ。そのときは、それが一番正しいと思っていた---妹が住み込みでヤンコフスキー家のおてんば娘たちの家庭教師を始めるまではね」
 フリーデマンもため息をついた。「ああ・・・わかりました。そういうことだったんですね」
「そうさ、おきまりのパターンだ。ヤンコフスカ姉妹には、兄が一人いた。夏休みに故郷へ戻ってきた彼は、妹に一目惚れしてしまってね。悪いことに、妹も彼にのぼせ上がってしまった。このとき、彼の両親が冷静だったらよかったのだが、彼らも気立てのよかった妹が気に入ってしまってね。ただ、相談を持ちかけられたわたしと兄は、かの女に言った。『おまえは、わたしたちと一緒に留学して、ポーランドに戻って女医になるのが夢ではなかったのか? その夢を簡単に諦められるのか?』。だが、ヤンコフスキーは言った。『勉強だったら、ポーランドにいても続けられるはずだ。ここで医者の資格を取り、さらに上の資格が取りたいと思ったら留学すればいい。ヤンコフスキー家には、かの女が留学できるだけの資産があるし、そのときには、わたしも一緒にフランスへ行くよ。ただし、その前に、一つだけやって欲しいことがあるんだ。ヤンコフスキー家の跡継ぎを生んで欲しいんだ。その義務さえ果たせば、わたしたちは自由になれる。そうしたら、二人で勉強を続けたい。医者になって、みんなのために働きたい』。わたしたちは、ヤンコフスキーの熱意に負けた。こうして、二人は結婚した。ヤンコフスキーは当時学生だったのだが。その次の年の秋、わたしとヤンはフランスへ留学した。悲劇の直後にね」
 マルチン神父はうなだれた。彼には、クルピンスキーが何を話すのかがわかっていたからだ。
「結婚後すぐに身ごもった妹は、ずっと体調が優れなかった。医者は、このままでは母子ともに助からない可能性もあると二人に告げた。それを聞いた妹は、教会で神に祈った。せめて、子どもだけは無事に生まれて欲しい。もし、元気な子どもが生まれたら、神に捧げます。もし男の子だったら司祭に、女の子だったら修道女にします。だから、せめて、子どもだけは助けて・・・と」
 マルチン神父はにやりとした。「そして、無事に生まれたわたしは、約束通り司祭になったというわけだ」
「・・・妹は助からなかった。かの女は、子どもの誕生とほとんど同時にこの世を去った。子どもの父親も、体調を崩し、妻の死後まもなく亡くなった。ヤンコフスキーの遺言で、ヤンコフスキー家はおてんばの姉娘が継ぎ、マルチンは、両親の望み通り司祭になった」クルピンスキーが話を締めくくった。「あんなに留学を望んでいた両親ではなく、こいつがローマの神学校へ行ったというのも、考えてみると皮肉な話だがな」
「もしも生きていたら、ポーランドにはもう一人偉大な女性が誕生していた・・・と思っているのが一番いいんです」マルチン神父が言った。「母が留学していたら、どんなに重圧をかけられていたかと思うと、母はあれで幸せだったのだと思いますよ」
「だが、あの子はものすごい秀才だったんだ」クルピンスキーがぼそっと言った。「もしかしたら、ポーランドは、もうひとりノーベル賞受賞者の女性を持ったかもしれなかったんだ」
 そして、彼はしばらく黙り込んだ。
 マルチン神父も、『やれやれ』という表情をしていた。
 沈黙を破ったのは、フリーデマンだった。
「お話は、まだ終わっていませんよね? かの女のためにレクィエムを演奏してほしいと思うのは理解できるとして、まさか、あなたが結婚を考えていた女性というのが、亡くなった妹さんだとは思えない」
 それを聞くと、マルチン神父はにやっと笑った。
「その女性のことを話してくださるんじゃなかったんですか?」フリーデマンはそう言った。
 クルピンスキーは、我に返ったような表情になった。
「・・・いや、脱線したんじゃないんだぞ」クルピンスキーは言った。「わたしたちが留学するまでの経緯を話しただけだ。妹の死後、わたしたち兄弟はフランスへ留学した。兄は、当時超一流だった作曲家アンリ=ロランの弟子となり、わたしも医学部へ進んだ。わたしたちは一緒に生活しなかった。兄とコンスタンティのふたりは、ピアノが持ち込めるアパートを借り、わたしは大学の近くにある小さな下宿を借りた。一部屋だけの、ほんとうにつつましい下宿をね。その下宿から、わたしの思い出話がスタートするんだが」
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