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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第101章

第1852回

『・・・ええっ? まだ話は序盤なの?』マルチン神父の顔にはそう書かれているかのようだった。
 クルピンスキーは真剣な顔をした。
「兄と一緒に住んでいたアパートを出てその下宿に移ったのは、必ずしも兄たちの出す騒音---失礼、練習しているときの音---が勉強の妨げになったからではない。断じてそうじゃない」クルピンスキーが強い口調で言い直したので、フリーデマンは思わず苦笑した。「そうではなく、大学で同級生になった男が、大学の近くに住んでいると聞いたからだ。その男とは、入学してすぐに友達になって・・・わたしたちは、お互いの境遇を話した。そのとき、彼が言ったんだ。自分は4人兄弟の長男で、両親を早く亡くしている。両親が亡くなった後、わたしたちの面倒を見るという口実で、夫を亡くしたばかりだった母の妹と、その一人娘のマリーが家にやってきた。叔母は、生活のためとわたしたちの教育費を捻出する目的で、家を下宿に変えた。運良く、大学が近かったから、学生たちが集まってくれた。かの女は自分の子どもと姉の子どもを分け隔てなく大切にしてくれたし、下宿の経営もうまくいっていたそうだ。だが、その叔母も、彼が大学に入学しようとしていたときに亡くなってしまい、下宿の経営はいとこのマリーに任せた。実は、自分とマリーは結婚の約束をしていて、自分が医者になって自立できたら下宿をやめようと思っているということだった。その話を聞き、もし部屋が開いていたら、彼の下宿に移りたいと申し出たんだ。その友人の名は、ガスパール=ファルロー。クラスでも一番の成績で、年下ながら面倒見がいいやつだった・・・。彼は、いとこに下宿を任せるだけではなく、兄弟のためにアルバイトをしていたが、それでも決して勉強の手を抜いたりはしなかった」
 クルピンスキーは遠い目をして、いったん話を切った。
「彼の近くにいて、彼のことを知るにつれ、わたしも彼の兄弟たちのために役に立ちたいと思った。留学生の身分だったので、アルバイトするわけにも行かなかったから、わたしは彼の弟たちの勉強の手伝いをした。彼の弟だけあって、彼らは皆優秀だった。いつの間にか、その勉強部屋に、もうひとり女の子が入り込むようになった。兄たちは、妹と一緒に勉強するのをいやがっていたので、かの女は、部屋の隅で静かに人形と遊んでいた。だが、わたしは、かの女がわたしの話を黙って聞いていることを知っていた。わたしは、妹のことを思い出し、そんなかの女を部屋から追い出すことができなかった。かの女の兄たちがいくら反対してもね・・・」クルピンスキーが言った。「そのうちに、かの女の兄たちが、かの女と勉強をするのをいやがる本当の理由がわかってきた。実は、かの女は彼らよりも賢かった。かの女が自分たちの勉強をしているのを見ているうちに、自分たちがかの女に抜かれてしまうのが恐ろしかったんだ。それを知った後は、話は簡単だった。わたしは、テキストを見ていないかの女のために、できるだけ詳しい説明をするように心がけた。そんなわたしも、驚いたことが一つあってね。かの女は、わたしが持ち込んだ本で、ポーランド語を独学で覚えてしまった。わたしが兄のヤンと会話をしているのを聞いて、発音まで覚えてしまっていた。それには、わたしもヤンも驚いた。その話を聞いてからは、ガスパールはわたしにかの女の家庭教師も頼むことにした。学校に行きたがらなかったかの女には、家庭教師が必要だったし、ガスパールの目から見て、わたしが最適任者だったようだ。だが、その選択は誤りだった」
 フリーデマンはにやりとした。「つまり、その女性が、あなたの<恋人>だったんですね?」
 クルピンスキーは黙って頷いた。
「で、その女性の名前は、まだ出てこないんでしょうか?」マルチン神父がせかした。
「かの女の名前は、アレクサンドリーヌ=ファルロー。みなはかの女のことを<レクシー>と呼んでいた。わたしだけは<ちいさな女王様(レーネット)>と呼んでいたがね」
 男性たちはにやにやと笑ったが、シャルロットだけは考え込むような表情を崩さなかった。
「・・・何かおかしなことを言ったかな、ブローニャ?」
「・・・どこかで聞いたことがあるようなお話に思えたんですが・・・」シャルロットはいったん言葉を切ってから訊ねた。「もしかして、その女性の現在の職業は、教師ではありませんか?」
 クルピンスキーの表情に驚きが浮かんだ。
「やはりそうなんですね? やはり、あなたは、シャルル=ファルロー弁護士の妹さんのことを話していたんですね?」
 クルピンスキーは頷いた。「そう、そのとおり。---そうか、きみは、ブリューノ=マルローを知っていたんだものね? 話は彼から聞いたのかね?」
「いいえ」シャルロットは答えた。「ですが、ドクトゥール=マルローが、亡くなられたファルロー弁護士の息子さんの保護者なのは存じております。レクシーさんが、ミュラーユリュードの学校で教えておられたことも。では、かの女は亡くなられたんですね?」
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