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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第101章

第1854回

 それを聞くと、クルピンスキーは赤くなって視線を落とした。
 フリーデマンが言った。
「ドクトゥール=クルピンスキー、そろそろ話の続きを聞かせてください。その天才少女は、それからどうなったんですか?」
 マルチン神父も興味深そうな表情になり、イスに座り直した。
 一方、シャルロットはつかれたように目を閉じた。しかし、眠っていないのはその表情から明らかだったが。
「くたびれたようだね、ブローニャ。少し眠ってもかまわないよ。だが、わたしは話を続けるよ」クルピンスキーは優しい口調でそう言い、全員の顔が見えるようイスの角度を微妙に調節した。「・・・わたしたちの学年は、優秀だと言われる学生が多くいた。クラスメートたちは、成績上位者だったわたしたちを、冗談で<強力な6人組>とよんでいたが、わたしたち6人は当初から仲がよかったわけではない。クラスのもう一人の秀才、ミシェル=アースは、ガスパールをライヴァルだと見なしていて、校内でもなるべくガスパールに出会わないように行動していたとさえ言われるほど仲が悪かった。それでも、なぜかブリューノ=マルローとは気があってね、二人は同じ授業に出たりしていたし、ブリューノに言わせれば『たまたま一緒だっただけだ』というが、ミシェルは彼にだけは気を許していたみたいだった。確かに、二人は似たところがあって、根っからの勉強好きで、他人のことには興味がなかった。それだけをとっても、二人はお互いに心地いい距離を保っていたんだろうな」
 知っている名前が出てきても表情を変えないシャルロットを見て、クルピンスキーは、かの女が本当に眠ってしまったと思い込んだ。
「ある日、ガスパールは病気になった。わたしたちはちょうど臨床実習中だった。今まで普通に接していた友人が病棟にいるという経験は、不思議なものだった。病棟から戻って、教官はこう言った。『残念ながら、あの患者は助からない。あれだけ重い心臓病にかかっていて、よく今まで何ともなかったものだ。質問は?』・・・口を開いたのは、わたしにとっては意外な人物だった。『万に一つも助かる可能性はないのですか? もし奇跡が起こったら?』」クルピンスキーは苦い顔をした。「『あなたも医者なら、奇跡なんてものに頼ってはいけないよ、マルロー君』教官はそう答えた。『わたしたちには、治せるか治せないかしかないんだ』」
 クルピンスキーは一息ついて続けた。「『では、わたしたちにとっては、常に二者択一しかないのですか?』訊ねたのはミシェルだった。教官は答えた。『いや、そうじゃない。確かに、病気は、治せるか治せないか、しかない。だが、医者にとっては二者択一ではない。本当に患者のために働く医師の使命は、患者を治すことだ。わたしたちにとっては、常に100パーセント治せる、であるべきなんだ。今回のようなケースにあたっても、医者は最後まで患者を投げ出すべきではない。たとえ患者自身が生きるのを諦めても、医者は、患者が生きているうちは決して諦めてはいけないのだ』・・・そのとき、部屋にいたわたしたちは、決してその言葉を忘れたことはない。そのときあの教室にいた5人とガスパールは、そのときから自分たちを<強力な6人組>と呼ぶようになった。そのあと、ガスパールは、わたしたち5人の口から病気のことを聞いた。もう助からないと知った彼は、わたしたち5人に、残された婚約者と、兄妹のことを頼んでこの世を去った。葬式の日、指導教官はわたしたちにこう言った。『もはや、わたしたちと彼の関係は、医師と患者ではなくなった。あなたたちは、彼の友人に戻った。今日は、あなたたちは、自分の感情のまま動きなさい。だが、明日からは違う。あなたたちが本当に彼の親友でありつづけようとするのなら、あなたたちには、あなたたちにしかできないことがあります。彼の分も生きなさい。彼が見ることができなかった未来を、彼と一緒に見なさい。彼が本当にしたかったことを、彼と一緒にしなさい。そうすることで、彼はあなたたちと一緒に生き続けるのです』」
 シャルロットは、以前、ドクトゥール=マルローがそんなことを言っていたことを思いだしていた。
『わたしは生き延びた。たぶん、何か生き残った理由があるはずです。わたしは研究所に戻ります。わたしにしかできない何かを探しに』・・・最後に会ったとき、彼はそう言っていた。そして、ファルロー弁護士(ガスパールの弟)の息子から点字を教わり、今では点字で論文が書けるくらいまでになったという。点字ができない人々(たとえばシャルロット)に手紙を出すときには、代筆を頼むことがあっても、普段は目の見えない人だとはわからないくらいに日常生活をこなしているそうだ。ドクトゥール=マルローにとっては、同級生のガスパール医学生より、その教官の影響が大きかったに違いない、とシャルロットは考えた。
「わたしは、ガスパールの遺族たちとは、すでに家族同様のつきあいをしていた。遺族同様の悲しみの中にいたわたしに代わって、実務的なことをすべて請け負ってくれたのがイアサント=クチュリエだった。彼の兄妹のうち、上の二人は大学を卒業する寸前だった。彼らは、進路をすでに決めていた。上の弟は弁護士に、下の弟は新聞記者になろうとしていた。だが、レーネットだけはまだ学生で、あと一年過程が残っていた。そこで、下宿はあと一年だけ続け、レーネットの卒業にあわせて閉鎖することにした」
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