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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第101章

第1856回

 クルピンスキーはもう一度首を振った。
「ブローニャは、そんなきつい言い方をするような子じゃない。もし、きみの言うとおりだとすれば、きみはよほどかの女にひどいことをしたと見える。いったい、どんな喧嘩をしたんだ?」
「喧嘩」フリーデマンはその言葉を繰り返し、小さくため息をついた。「わたしとかの女の間の溝は、そんな簡単な言葉で表現できるようなものではありません。わたしは、この世のすべてをかの女に差し出してもいいと思うくらいにかの女が好きで、かの女はわたしの顔など二度と見たくないと思うくらいわたしが嫌いなんです。そして、その溝を作ってしまったのはわたし自身なんです。わたしは、かの女に対して、修復不能な罪を犯したのです」
 マルチン神父は真剣な顔になった。「罪? あなたは、そんな重い言葉を使うようなことをしたというの?」
「ええ、わたしたちは罪を犯しました。婚姻前の男女がしてはいけない壁をやぶってしまったんです」フリーデマンが言った。「そして、その結果、かの女はわたしの子どもたちを出産しました」
 クルピンスキーは絶句していた。
 マルチン神父は眉を寄せ、こう訊ねた。「・・・だが、あなたたちふたりは、それぞれ独身なんだよね?」
「はい」フリーデマンが答えた。「より正確に言えば、わたしは未婚で、かの女は未亡人です」
「ふむふむ」マルチン神父は考え込むように言った。「それで、その件で、罪の許しは受けたのかね? どうやら、まだのようだね」
「まだです。昨日まで、わたしは自分の子どもたちがこの世に存在することを知りませんでしたから」フリーデマンが言った。
「そうか。それでは、あとで告解を聞くことにしよう。それよりも、だ」マルチン神父は、シャルロットの方に向き直り、ベッドの横にひざまずいた。そして、何かを祈った後で顔を上げ、立ち上がった。「わたしは、この女性のために祈った。かの女が誰にとっても正しい決断をするように、神が導いてくださいますように。かの女の子どもたちにとって一番いい道を、神が見いだしてくださいますように、と。そして、あなたのためにも祈ろう。あなたたちが仲直りして---いや、婚姻の絆で結ばれ、あなたたちの子どもたちが幸せな家庭で育つことができるようにと。かの女は、別の男性と結婚しようとしているそうだが、あなたたちが独身であるならば、あなたたちが結婚することを、神はお望みなのではないだろうか? かの女がそれに気がついてくれるよう、わたしは祈り続けることにする。あなたたちが結婚できる日まで、ずっと」
 フリーデマンは目に涙をため、マルチン神父の前にひざまずいた。
「あとで、だ」マルチン神父は言った。「今は、おじさんの話を聞くときだ」
 フリーデマンはマルチン神父の足下で声を上げて泣き出した。
「わかるよ、あなたは、このひとが大好きなんだ。自分の存在すべてをかけて、このひとを愛しているんだ」マルチン神父は、自分より少しだけ年が下なだけのフリーデマンを、息子のように抱きしめた。「思いが空回りすることは、よくあることだ。だが、このひとのことを、あなたはよく知っているはずだ。冷静になって、自分の気持ちを正直に話してみなさい。あなたの気持ちがかの女に届かないとは思えない。わたしが見るところでは、このひとの心は決して凍り付いてはいないようだ」
 フリーデマンはしばらくの間泣いていた。その様子を見て、クルピンスキーももらい泣きしていた。フリーデマンの気持ちを一番理解できるのは、ほかならぬクルピンスキーだったからだ。
 誰も自分に注目しなくなったことを感じたが、シャルロットはまだ緊張していた。気を緩めると、かの女自身も泣いてしまいそうだったからだ。幼い頃、フリーツェックが自分のことを愛していたということには全く気がつかなかったが、それでも彼がかの女に優しかったことはよく覚えている。かの女は、彼のことを兄のようにしか思っていなかった。はじめて愛の告白をされたときにも、彼が本気だとは思わなかった。全くの他人として再会し、彼の口から<初恋の女性>のことを聞いたときでさえ、彼が本気だとは思えなかった。なぜならば、フリードリッヒ=フリーデマンといえば<浮気者>の代名詞的な存在で、『結婚可能な年齢の女性で彼に口説かれなかった女性は一人もいない』とまで言われるほどの男だったから。そして、ブローニャではなくコヴァルスカ夫人という名前で彼の前に現れたシャルロットを、彼は噂通り熱心に口説いた。《この人は、女性なら誰でもいいという噂は本当だったのだ》とシャルロットに思わせるくらい熱心に。そして、関係を持ってからもかの女を追いかけ続けた。何度追い払われても、彼はかの女のそばを離れようとはしなかった。もちろん、かの女には気づかれないように距離を置いてだが。しかし、昨夜、かの女はそんな彼を邪険に追い払おうとした。それにもかかわらず、彼の気持ちは全く変わっていない。
 信じられないことだが、彼は本気なのだ。
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