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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第101章

第1858回

 シャルロットはその話を何度も聞いていたが、関係者以外の目撃者から話を聞くのは初めてだった。
「その女性に、彼はこう言った。『決して自殺をしないと誓ってくれたら、わたしはあなたを許します』。それを聞いたかの女は、涙ながらに決して自殺はしないと誓った。そのかの女に、彼は優しく言った。『わたしが本当に聞きたかったのは、あなたの謝罪ではなく、あなたが生き続けるという決心の言葉だったんです。わたしは、とっくにあなたのことは許していました。・・・そう、いつだって許さなければならないんです』」
 クルピンスキーは何かを思い出そうとしているかのように目を上げた。「わたしは、そのときの少年があんなに立派な若者になるとは想像もしなかったが、あのときの男性のことは忘れられなかった。人間は、どんな風に生きてきたかでどんな風に死ぬのかが決まるのだと思った。わたしも、いつか死を迎えるときには、あんな風に死にたいと思った」
 フリーデマンは頷いた。
「そして、その女性が、のちにドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーの妻になったと聞いた。すばらしい看護師だったな、スール=サント=ジュヌヴィエーヴは。かの女も、彼にもらった命を大切に使った」
 フリーデマンの表情が変わった。そうだ、クルピンスキーは、アレクサンドリーヌ=ド=ルージュヴィルの話をしているのだ。シャルロットの祖父が亡くなったときの話をしているのだ。かの女がその孫だと気づかないままに。
 シャルロットはゆっくり目を閉じた。フリーデマンは毛布からのぞいていたかの女の指にそっと手を置いた。シャルロットは思わず手を引っ込めようとしたが、彼の大きな手のぬくもりを感じると、なぜか引っ込めることができなくなった。彼もアレクサンドリーヌ夫人のことを知っている。何か不思議な連帯感のようなものが、かの女に手を引っ込めることを許さなかった。かの女は、誰かのぬくもりに飢えていたのだと気づいた。フリーデマンの手は、昔の彼の手のように優しい手だった。昔は、その手が自分を傷つけようとするとは思わなかった。もしかすると、今でも、彼には自分を傷つけようという意思はないのかもしれない。だが、二人の間にあった優しい気持ちを打ち砕いたのは彼だ。
『そう、いつだって許さなければならないんです』シャルロットは祖父に会ったことは一度もない。だが、クルピンスキーが言うように、ドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーの中に、アレクサンドリーヌ夫人の中に彼は生きていた。きっと、彼は、最愛の息子と同じような慈悲深い表情でその言葉を口にしたに違いない。
《わたしは、彼らのように生きていない》シャルロットは思った。《フリーツェックに許すと言ったけど、自分の本心は彼らとは違う。彼らは、自分の死のきっかけを作った人に『許す』と言い残した。わたしは、彼らのような慈悲の心でフリーツェックに許しの言葉を言ったわけではない。そうよ、わたしは、まだ本当に彼のことを許していないんだわ。わたしは、こんな気持ちでは、彼らの所には行けない。死ぬ前に、彼に許しの言葉を言わなければならない。心からの許しの言葉を》
 シャルロットは目を開け、ゆっくりとフリーデマンの手を取った。
 フリーデマンはびっくりしたようにシャルロットを見つめた。
「・・・ゆるします」シャルロットは弱々しい口調でそう言い、彼の手を取ったまま気を失った。
「ブローニャ!」フリーデマンは悲痛な声でかの女の名前を呼んだ。「ブローニャ! 死んじゃダメだ!」
 クルピンスキーはぱっと立ち上がった。彼は、シャルロットの手を取り、フリーデマンに言った。
「気を失っただけだ」
 フリーデマンの顔に安堵の色が浮かんだ。その顔が急に険しくなった。
「ドクトゥール=クルピンスキー、いくらなんでも、今のかの女にそんな話をするなんて。かの女は、その男性の実の孫なんですよ」
 クルピンスキーはびっくりした。
「かの女は、幼い頃から何度もその話を聞いてきたに違いありません。わたしも、アレクサンドリーヌ夫人の口からその話を聞きました。『人を許すというのは、本当につらいことです。ですが、わたしのために一人の人が亡くなっているんです。その人が《許せ》と言い残して亡くなったのだから、わたしも許さなければならないんです』かの女はそう言いました。そして、その言葉の通りに生き、死にました。ブローニャはそれを知っています。それは、かの女にとっても、重い言葉なんですよ」
「・・・でも、実の孫、って・・・?」
「かの女の本当の母親は、クラリス=ド=ヴェルモンです。そして、その女性もその場に居合わせたはずです」
 クルピンスキーは目を閉じた。そうだ、そう言われてみれば、あの場にはもう一人若い女性がいた。彼の娘だという女性が。
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