FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第101章

第1859回

 クルピンスキーは、ぼんやりとあの男性の顔を思い出した。そうだ、そう言われてみれば、シャルロットはかの女の祖父にそっくりだ。あの男性の顔を女性に置き換えれば、間違いなくシャルロットの顔だ。そういえば、あの男性の名前はシャルルだった。かの女は、彼からその容姿だけではなく、名前も受け継いだのだ。そして、祖父の亡くなったときの話を、叔父の口から何度も何度も聞かされて育ったに違いない。
 シャルロットは、自分がまもなく死ぬのだと思い込んでいる。死ぬ前に、フリーデマンのことを完全に許そうとしているのだ。だが、かの女が死ぬまでにはまだまだ時間はありそうだ。やがて、傷は治るだろう。だが、体の傷が治った後、かの女は心の傷とどのように向き合っていくのだろうか?・・・クルピンスキーはゆっくりと首を振った。それは、もはや医者(じぶん)の仕事ではない。
 クルピンスキーは咳払いをしてから言った。
「・・・わたしが正式に仕事を見つけなかったのは、勉強を終えた後、ポーランドに帰るつもりだったからだ。そして、すぐにポーランドに帰らなかったのは・・・」彼はもう一度咳払いした。「・・・レーネットの返事を待っていたからだ。つまり、卒業間際に、わたしはかの女にプロポーズしたのだ。一緒にポーランドへ行くつもりだった。しかし、かの女は色よい返事をくれなかった。だから、わたしはアルバイトしながら返事を待ったのだ」
「そして、待てなくなって帰国したわけですね」マルチン神父が言った。
「そう結論を急ぐな。悪い癖だぞ」クルピンスキーはむっとして言った。
 フリーデマンはシャルロットの手のひらを優しくなでながら話を聞いていた。半分上の空のようにも見えた。
「わたしのほうも、結論を急ぎすぎたようだ」クルピンスキーは言った。「レーネットのことを、もう少し詳しく話してもよかったな。かの女は、わたしよりもずっと年下で、一目で見て聡明さがわかるような、どこか大人びた、控えめな雰囲気の少女だった。残念なことにとても色白で、くすんだ亜麻色の髪で、水色と灰色の混じったような目をしていた。しかし、かの女が目立たない風貌だとは言えなかった、残念なことに」
 クルピンスキーが《残念なことに》を繰り返したので、フリーデマンは思わずクルピンスキーの方に視線を向けた。
「・・・つまり、美女とは言えなかったんですね?」フリーデマンが言った。
 クルピンスキーはきっとして答えた。「かの女は美人だった。少なくても、わたしはそう思っていた」
 マルチン神父は下を向き、笑いをこらえた。
「残念だったのは、かの女の左半身に、大きなやけどの痕があったからだ。少なくても、色白でなかったら、顔のやけどの痕があれほど目立たなかっただろう、ということだ。あれがなければ、かの女は、どんな男性でも振り返るような美女だった。かの女がいくら隠そうとしても、そばに来ればあの痕が目に入ってしまう。そんなとき、男性たちが見て見ぬふりをしてくれるのが何よりもつらい、とかの女は言っていたものだ。かの女曰く、わたしは、はじめて挨拶したときに、そんな痕などどうでもいい、という顔をした唯一の男性だったそうだ。だから、かの女は初対面のわたしにこう訊ねた。『やけどのことは聞かないんですか?』。わたしはこう答えた。『わたしは医者の卵だから、そんなものは見慣れていますよ。あなたがわたしの患者で、<やけどをしたのですが、診察してください>と言ってきた場合は、話が別ですけどね。今も、もしその痕が痛いというんだったら、詳しく話を聞きますけど』。ガスパールはそれを聞いて大笑いして、こう言った。『将来、このやけどの痕のせいでかの女が結婚できないという事態になったら、この子をきみの嫁にしてやってくれ。きみとかの女なら、きっとうまくやっていけると思うよ』---わたしとレーネットは、その言葉を忘れたことはなかった。ただ、それが冗談だと思っていたから、かの女とは妹のようにつきあった。レーネットは、どこか亡くなった妹を思わせるようなところがあった。かの女が教師を目指していると知ったとき、わたしは全力でその夢を応援した・・・」
「・・・応援する場面が違うような気がする、のですが?」フリーデマンがちいさな声で口をはさんだ。
「いいんだ」クルピンスキーは言った。「妹は、自分の夢を追うことができなかった。だから、レーネットには夢を実現して欲しかったんだ」
 マルチン神父は首をかしげた。「わたしの想像が正しかったとしたら、レーネットさんの夢はほかの所にあったのではないでしょうか?」
「ほかのところ?」
「ええ。かの女は、絶対におじさんのことを愛していたはずです。かりに『わたしの夢は、教師になって自立することです』とおじさんには言っていたかもしれませんが、本当は『違う夢を見て欲しい。一緒にポーランドに行って、一緒に暮らそう』と言って欲しい・・・かの女はそう考えていたのではないでしょうか?」
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ