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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第101章

第1860回

 フリーデマンはうっとりとしたような表情で頷いた。「そうだったかもしれませんね」
 クルピンスキーは首を振った。
「わたしにそんなことが言えると思うか? わたしは、聡明な妹を亡くしているんだぞ? 女性だって、立派に自立していける。かの女がそれを証明するのが間違っているとはわたしには思えなかった。かの女が教師になると決めた以上、かの女はそうすべきだと思った。ただ、わたしは公費留学生で、勉強を終えたら帰国しなければならない身分だった。いくらかの女が好きでも、わたしがフランスへ残るという選択肢だけはあり得なかった。だから、卒業式の日にかの女に頼んだ。一緒にポーランドに来て欲しいと」
「そして、断られたんですね」マルチン神父が言った。
 クルピンスキーは彼をにらみつけた。「だから、結論を急ぐなと言っただろう?」
 マルチン神父はにやりとしてから頷いた。
「・・・かの女に頼んだところまでだったな? かの女は答えた。『一年だけ待ってください。わたしは、教壇に立ってみたいんです。今まで学んできたことがどれくらい役に立つのか、自分の目で確かめたいんです』・・・。そして、わたしは、一年間だけ病院でアルバイトをすることにした。ヴィザの申請をし、一年後に再申請をしないと決めた。そうしながら、わたしはポーランドに帰国したあとの仕事先まで決めてしまった。あとは、かの女の返事待ちだった」クルピンスキーは遠い目をした。「あれは、帰国の日付が迫っていたある日のことだった。当時、わたしたちはすぐ近くに住んでいた。それぞれ別々のアパートを借りていて、休みも合わないためにめったに会うことはなかったが、時々一緒に食事をしたりはしていた。もちろん、かの女の手料理を食べに行っていた、ということだがね。わたしも、かの女のために、ときどきはポーランドの料理を作ったりした。二人の料理は、よく言って多国籍風・・・と言ったようなものだった。二人とも、決して料理は得意ではなかったが、わたしは、かの女と一緒にいると何でもおいしいと思った。たとえ、焦げた魚でも、味が薄すぎるスープでもね。誰かと一緒に食卓を囲むのは、とても気持ちのいいものだ。だが、そんな気持ちになるには、<誰か>が誰であっても同じではないと言うことに気がついたのは、帰国してからのことだった・・・」
 フリーデマンは涙ぐみそうになった。
「その日も、わたしはかの女のために食事を作って待っていた。かの女は酔って帰ってきた。何があったのかと訊ねると、かの女はやっと思い口を開いた。『生徒が、わたしのやけどの痕を見て気持ちが悪いと言ったの。そんな大きな痣があったら、一生結婚できないだろう、って。はっきり言ってもらってかまわないわ。わたしが醜いのが、そんなに気になる? ずっと一緒にいて《結婚しよう》とまで言ってくれるのに、キス一つできないのは、わたしが醜いから?』」クルピンスキーは苦いものを含んだような表情になった。「『わたしが、きみに対して醜いと言ったことが一度でもあったか? 違う。きみはとてもきれいな人だ。わたしは、誰よりもそれを知っている。こんな痕があってもなくても、そんなことは関係がない。わたしがきみにキスしなかったのは、きみが誰よりも大切なひとだったからだ。わたしだってただの男に過ぎない。きみと一緒にいて、どんなにキスしたいと思っていたかなんて、きみには決してわからないだろう。いや、それ以上のことだって・・・』そう言いながら、わたしはかの女を抱きしめた。かの女は、わたしの・・・その・・・体の状態に気がつくと、恥ずかしそうに赤くなった。『そうだ。わたしは、ずっときみが欲しいと思っていた。きみがその気になるのをずっと待っていた。だが、わたしは、きみの承諾なしにはキス一つしないと誓っていた。本当は、今すぐにでもきみをポーランドに連れて帰りたい。そして、その足で教会に行って、結婚式を挙げるんだ。それから、わたしたちは大きな家族を作る。子どもは6人欲しい。いや、きみが望むのならそれ以上でもいい。きみはポーランドで教師の資格を取って、子どもたちに教えるといい。そのやけどの痕で文句を言うやつがいたら、わたしが決して許さない。人間は、見かけではなく心だということを、どんな手段をとってでもたたき込んでやる・・・だから、今、この場でキスをしてもいいかな?』」
 マルチン神父は思わず吹き出しそうになった。なんてぶきっちょなプロポーズだろう。しかし、彼はすぐに真顔に戻った。
「・・・もしかすると、あなたも・・・その・・・罪を犯したんですね?」
 クルピンスキーは頷いた。
「まったく、今日は何という日だろう!」マルチン神父は天を仰いだ。
「順番は逆だったが、わたしはかの女にちゃんとプロポーズしたぞ。だが、かの女の方が断ったんだ。結婚してもかまわないが、一緒にポーランドに行く気はないとね。それで、わたしはかの女を教会にひっぱって行った。二人で告解を受けて、その場で結婚式を挙げた。証人二人の前でね。だから、わたしたちは、神の前では夫婦だった。わたしたちは、一緒に住まないという選択をしただけだ。だが、いずれはかの女を迎えに行こうと思っていたんだ。それなのに、なぜ・・・」
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