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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第102章

第1865回

 けがをして郊外の家に引っ込んだシャルロットの元に、客人が全くなかったわけではなかった。タデウシの足は遠のいていたが、レーベンシュタイン夫妻は週末ごとに訪問していた。マリア=テレージアも定期的にレッスンに通ってきていた。シャルロット自身の子どもたちも、2週間に一度は帰宅した。全寮制の学校で外泊については厳しかったのだが、母親がけがをした、ということで、彼らには外泊の許可が下りていた。母親の前では心配そうな表情を見せないようにしていたが、母親を含む皆が、子どもたち全員が心配しているのを知っていた。寄宿舎に入って以来、母親と距離を置きだした息子たちだったが、今度のけが以来、定期的に帰宅するようになったし、ちいさな双子たちでさえ、シャルロットに心配かけまいとしてせいいっぱい努力をしていた。
 けがをして以来、屋敷には毎日匿名の人からバラの花が届いていた。白いバラが二本、白いリボンで束ねられて届けられる。送り主の男性は、門番に花を渡して帰って行く。花束には、カード一枚添えられていないのだが、シャルロットは送り主がフリーデマンだと知っていた。送り返すのも失礼だと思い、門番には花を受け取るように言ってある。ときどき、シャルロット自らがお礼を書いたちいさなカードを、<匿名の紳士に渡すように>と、門番に託すこともあった。その紳士---フリーデマンは、丁寧に礼を言って帰って行くらしい。シャルロットは、彼を<匿名の紳士>と呼び続け、カードにもその名前で礼状を書き続けた。
 そんなことを続けているうち、シャルロットは、かつて執事のイェジイ=ヴォイチェホフスキーが話してくれた話を思い出した。
 それは、アダム=チャルトルィスキーが、ナターリアに一目惚れをしてしまったころのエピソードだった。彼は、毎日、赤いバラの花を3本束ねて花束にしたものをナターリアに届けた。ある日、チャルトルィスキー公爵は、ついにしびれを切らした。彼は、立派な馬車を用意させ、ナターリアを無理矢理馬車に乗せてこの屋敷にやってきた。その道中、ヴォイチェホフスキーは、二人に赤いバラの花言葉を告げた。それを聞いた二人は、まるで少年少女に戻ったような表情を浮かべたのだという・・・。
『白いバラの花言葉は、<こころから尊敬します>だそうですね』ユリアンスキーは、みずから大きめの花瓶を用意しながらそう言った。最初は二本ずつあちこちの部屋に花を飾っていたが、どうやらフリーデマンが毎日それをし続けると気がついた彼は、大きな花瓶にまとめて花を飾ることに決めたようだった。フリーデマンが新鮮な花を届けることもあるが、メイドたちが---かの女たちのほとんどが<クラコヴィアク>時代のフリーツェックのファンだった(メイドたちの間では、<匿名の紳士>の正体は知れ渡っていた)---花を長持ちさせようと気を配ったからでもある。そんなわけで、一日二本ずつ増える花が、いつの間にか大きな花瓶に飾るくらいになり、その花瓶の数は増える一方だった。その花をドライフラワーにする人間が現れたからである。1月になる頃には、その花で香水や石けんを作る人間まで現れ、時々しか帰ってこない息子たちが、『もう、バラはたくさんだ』というくらいになっていた。
 そんなある日、アレクサンドルとヴィクトールは、偶然に門の所に現れたフリーデマンを見かけた。それまで、屋敷では彼のことを<匿名の紳士>と呼び続けていたので、二人はその人物が誰かを全く知らなかった。その人間の正体が有名な作曲科教授だと知り、二人は驚いた。二人は、姿を隠したまま門番とフリーデマンの会話を聞いていた。
「こんにちは、トマシチェックさん」フリーデマンは門番に呼びかけた。その口調には、横柄な様子はみじんもなかった。古くからの友達にでもするような、心のこもった挨拶だった。
「こんにちは、旦那さま」門番は、相手の名前を呼ばなかったが、同じように親しみを込めて声をかけた。
「これを、奥さまに届けて欲しい」フリーデマンが言った。
「奥さまに直接お渡ししてはいかがでしょう?」そう言いながら、門番は門を開いた。
 フリーデマンは優しい笑い声を立てた。「わたしは<匿名の紳士>なんだろう? この間、そこでおしゃべりしていた女の子たちがそう言っていたっけ。せっかくだから、もう少し<匿名の紳士>でいさせてくれ。もしかして、わたしが誰かわかったら、奥さまはわたしのプレゼントを受け取ってくれなくなるかもしれない」
 そう言うと、彼は門番にバラの花を手渡した。
「奥さまが<匿名の紳士>からの贈り物を受け取ってくださるのは、もう少しで終わるんだ。だから、せめて、それまでの間、<匿名の紳士>でいさせてほしい」
「あと少し、ですって?」
「うわさでは、まもなく、奥さまは再婚されるそうですね。そうしたら、<匿名の紳士>からの<友情>の贈り物など、かの女には必要なくなるでしょう。そうなるまでの間だけです」フリーデマンが言った。「では、<匿名の紳士から奥さまによろしく>とお伝えください。あすまた伺います」
「ごきげんよう、旦那さま」門番は、親しみを込めて挨拶して、ゆっくりと門を閉めた。
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