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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第102章

第1866回

 フリーデマンが完全に姿を消した後、門番は二本のバラを持ったまま屋敷の方に歩き出した。
 隠れて話を聞いていた双子は、門番の前にいきなり飛び出した。
 門番は驚いたような顔をした後で、バラの花をさっとコートの内ポケットに隠した。
「こんにちは、トマシチェックさん」双子は口々に門番に声をかけた。
「こんにちは、ちいさな旦那さま方」門番は二人に挨拶した。
 誰に命じられたわけでもないが、屋敷の人間たちは、彼らが中学校に入学した後<ぼっちゃま>と呼ぶ人はいなくなった。シャルロットが彼らを一人前の人間として扱うようになったのを見て、彼らに対する敬称が<旦那さま>に変わったのだ。ただ、一部の男性たちは、親しみを込め<ちいさな>という言葉をつけて呼んだ。彼らもその愛情表現を受け入れたが、女性たちには決してその呼び名を許さなかった。
 シャルロットもそうだったが、かの女の子どもたちも、屋敷内の人間全員に<さん>をつけて呼ぶようにしつけられた。特に、年上の人間に対しては敬意を持って接するように教えられた。だから、彼らはそれが当然だと思って育った。シャルロットは、息子たちに言い聞かせたものだ。
『他人とどう接するかを見ると、その人の本質がわかります。どんな人に対しても態度を変えない人間を見たら、その人を信頼してもかまいません。そうでない人を見たら、用心しなさい。もし、そんな人があなたたちをちやほやしたら、彼らがあなたたちを好きだからそうするのではありません。それを決して忘れてはだめよ』
 フリードリッヒ=フリーデマンは、音楽院の教授をしている。助教授だったかもしれない。詳しいことはよくわからない。それでも、彼は<匿名の紳士>として自分の身分を名乗らない。あんなにきちんとした服装をしている人間だったら、それなりの地位がある人だと誰の目にも明らかなのに、彼はちっとも偉そうな態度は取らなかった。
 一方、門番は、そんな彼を不審人物扱いはしなかった。門番が中に入るように勧めても、彼はそれを固辞した。二人の様子を見ている限り、二人は昔からの知り合いのようだった。二人が知り合ったときには、すでにトマシチェックの方は門番をしていたはずだ。それなのに、彼は門番に対して旧友のような態度を取っていた・・・。
 ヴィクトールは、トマシチェックに詳しく話を聞こうと決心を固めていた。
「<匿名の紳士>がいらっしゃったんですね?」ヴィクトールが目を輝かせて訊ねた。
 門番はにっこりと笑った。
「ねえ、トマシチェックさん、あなたは彼と知り合いなの?」アレクサンドルが訊ねた。
「今の彼のことは存じません。<匿名の紳士>なんですよね。ですが---本当は、内緒にしておかなければならないんですが、あなたがたにならお話ししても大丈夫でしょう---旦那さま方くらいの年のころの彼のことは存じ上げております。シャルロットお嬢さまと呼ばれていた頃の奥さまにとって、彼は大事なお友達の一人でした。いいえ、唯一のお友達でした」
 双子は驚いて門番を見つめた。
「当時、奥さまにとって、親しかったお友達はお二人でした。ですが、そのうちの一人は、事故で亡くなられたのです。ですから、あのお方は、生き残った唯一の友人ということになります。あの事故のあと、彼はかの女を訪ねてくることはなくなりました。奥さまはフランスへ、彼はドイツへ---実のおじいさまがいるドイツへ行ってしまったんです。そのあと、彼が何という名前を名乗っているかわたくしはよくわからないのです。わたくしにとって、今の彼は<匿名の紳士>です」そして、優しい表情をして付け加えた。「あの彼が、あんなに立派な紳士になられるなんて・・・」
 門番の言葉が途切れたのは、感傷にふけっていたからではなかった。彼は、門のそばに一人の少年が立っていることに気づいたからだ。
「・・・フリーツェックさま?」門番は、少年に呼びかけた。そして、その直後、首を振り、独り言を言った。「・・・違う。フリーツェックさまは、ブロンドの髪だった。それにしても・・・」
 双子は顔を見合わせた。そして、同時に少年の方に視線を移した。
「この家に、何かご用でしょうか?」門番は丁寧な口調で訊ねた。
 少年は、門から中に入らずに、3人の方を見ていた。長身で黒い長い髪をしている少年だった。その黒い髪は、肩に届くくらいの長さに切りそろえられているが、双子のようにまっすぐな髪ではなかった。少年の髪は天然なのにきれいなカールだった。女の子たちが、そんなすてきな髪を持つことができたら・・・とあこがれるような完璧な黒い髪。それだけでは足りないとばかりに、彼の顔立ちは整っていた。まるで、ルネサンス時代の彫刻が目の前に立っているようだったが、不思議とその表情に冷たさはなかった。
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