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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第102章

第1877回

「たとえ、事件がもみ消されるとしても、だ。そうだな、タデックたちにできる最大限のことは、できるだけ賠償金を高くふっかけること、だろうな」ショットはまたにやりとした。「なんせ、二人の大ピアニストが、二度とステージ復帰は無理、という体になってしまったんだ。一生困らないくらいの金額を請求したって罰は当たらないと思うぞ」
「まあ」
「それに、そのくらいの金を請求したところで、相手はあのルジツキー家だぞ。痛くもかゆくもないだろうよ」
 シャルロットが返事に困っていると、ショットは言った。
「人生には、理不尽なことがたくさんある。理不尽なことと正面切って戦うのも一つの考えだが、我々庶民にできることは限られている。だから、最大限、できることをする。それでだめなら諦める。あ、きみは<庶民>のくくりには入らないかもしれないがね」
「わたしは、サンドウィッチの皮の仲間にしてもらいたくはないわ」
「微妙なところだがな。一応、きみは、スイスの一般庶民の娘として生まれたといっても、今では<元伯爵の未亡人>には違いないからな」ショットはそう言うと、くるっと回ってシャルロットの背中を押した。「さあ、早く行ってあげないとね。そろそろ麻酔が切れたころじゃないのかな?」
 シャルロットは顔だけ振り返った。ショットはにやっと笑って見せた。「がんばれよ」
「こういうときに、<がんばれ>はおかしいわ」そう言うと、シャルロットは前を向いた。
「・・・あ、病室は、3階のナースステーションの目の前の部屋だ」ショットは付け加えた。
 シャルロットは振り返り「ありがとう」と言ってから、階段に向かって歩き出した。
 病室に入ると、タデウシはベッドの上に座ったままぼう然としていた。シャルロットが声をかけると、彼は顔を上げて言った。
「右手の中指が痛むんだ」
 シャルロットは驚きを隠せなかった。彼の右手は、肘から下は切除されてしまっているはずだ。
「さすりたいんだが、見当たらないんだよ。おかしいだろう?」タデウシはそう続け、出し抜けにわっと泣き出した。
 シャルロットは彼のそばに駆け寄り、彼の上半身を抱き寄せた。
 そのとき、ノックの音がした。シャルロットは彼から距離を置いて立ち、ノックした誰かが部屋に入るのを待った。
 入ってきたのは、60代くらいの男性だった。銀色の筋が何本も入った金髪の持ち主で、普段から人に指図することになれている人間特有の雰囲気を醸し出していた。ただ、その表情は、今はどこか神妙に見える。穏やかな顔つきだが、灰色の目はちっとも笑ってはいない。
「タデウシ=ボレスワフスキーさん、ですね? はじめまして。カロル=ルジツキーと申します。事故を起こした愚息の父親です。ところで、あなたもルジツキー一族だと伺いましたが、単刀直入にお訊ねしますが、いったい誰の隠し子だったかお教え願いますか?」
 それを聞いて、シャルロットの顔がぱっと赤くなった。「あの・・・それは・・・」
「その灰色の目。あなたは間違いなくわれわれの血を引いているようだ」ルジツキー家の当主は、何度か頷いた。「たぶん、あなたの父親は、亡くなった弟のブロニスワフあたりだろう、目元が彼に似ている。黒髪は珍しい。われわれルジツキー一族に黒髪の人間は一人もいない。あなたの母親は、よほどの黒髪美人だったに違いない。だが、あなたの母親がどんな女性だったかは存じませんが、彼が認知しなかった以上、ルジツキーの名前は今後使わないでいただきたい。よろしいですね?」
 タデウシは黙って頷いた。
「よろしい。それでは、あなたを一族として認めましょう」ルジツキーはそう言った。「もちろん、非公式に、ですが」
 タデウシはもう一度頷いた。
「あなたがルジツキー一族なら、話は早い。この一件、もちろん表沙汰にしたくはないだろう?」彼は穏やかな口調で続けた。「一族の問題として、内密に処理したい。当然、出すべきものは出す」
 そう言って、彼はポケットから小切手を取り出した。
「さあ、好きな金額を書きたまえ。ここからはみ出さないだけのゼロの数だったら、いくらでもかまわない」
 シャルロットは、そんなことをする人間がいると聞いたことはあったが、目の前でそれを見せられて思わず目を丸くした。ほかのときだったら、『ここからはみださないだけの』という本音を聞かされて思わずにやりとするところだったが、表情を崩さなかった。
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