FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第102章

第1878回

 タデウシも目を丸くしていた。
 しかし、彼は小切手帳を手にして、こう言った。
「申し訳ありませんが、左手で字を書く練習をしてから、金額を書き入れてもいいでしょうか?」
 ルジツキー氏も同じように目を丸くした。しかし、彼はにやりとして小切手帳を受け取った。
「さすが、ブローネクの息子だけあって、根性がすわっているな」ルジツキー氏は満足そうな表情を浮かべ、小切手帳を懐にしまった。「ブローネクや、やつの正妻の子のコーステックは、芸術などにうつつを抜かしおって・・・と思っていた。あなたも芸術など志すようなつまらないやつだと誤解していたが、コーステックなんかよりずっと見所がある。どうだ、よかったら、うちの会社に来てくれないか? あなたなら、きっとうちの息子のいい協力者になれそうだ。いずれは、会社の一つを持たせてもいい」
 ルジツキー氏は、なぜかうれしそうだった。逆に、シャルロットの表情はどんどんくもっていった。
「残念ですが、わたしは、芸術家です」タデウシが言った。
「いや、あなたには、経営者の素質がある。わたしにはわかる。わたしの見込み違いでなければ、あなたにはリーダーの素質がある。父親のブローネクとは違う」
 シャルロットは首をかしげた。
「パン=ルジツキー。失礼ですが、芸術家の何があなたのお気に召さないのですか?」
 ルジツキー氏はシャルロットの方を見た。ほんの少し笑みが消えた。「芸術は、生産に何ら寄与しないものですからね。われわれは、産業の発展を通じて人類の役に立っている。生活の糧を作り出している。われわれがいなければ、社会は動かない。ですが、芸術がこの世に存在しなくても、困る人間はさほど多くはない」
「動物にも、生産活動はできます。貨幣を持たないだけで、物々交換をする動物もいます。ですが、動物には、優れた芸術の価値がわかりません。芸術にお金を払いません」シャルロットはそう言った。「それができるのは、人間だけです」
 ルジツキー氏は、シャルロットの顔を穴が開くほど見た。
「なるほど。オーレックがこの人をあなたから引き離したい気持ちが、わたしにもわかってきた」ルジツキー氏はシャルロットに言った。「逆の意味で」
 オーレック、というのが、チャルトルィスキー公爵のことだと気づいて、シャルロットは無表情になった。「・・・そうですか。あなたたちがぐるだった、という噂は本当だったようですね」
 ルジツキー氏はにやりとした。
「噂、ですか。それでは、わたしも一つ伺いますが」ルジツキー氏は言った。「あなたが<クラコヴィアクのブローニャ>だという噂は本当のことですか?」
 シャルロットは驚いたように彼を見た。「ブローニャは、事故で亡くなったと聞きました」
「そうでしょうとも。そんなこと、みんな知っています。だけど、オーレックには今でもかの女の亡霊が邪魔なんですよ」ルジツキー氏が言った。「かの女があなたご自身なのかどうかは、わたしには無関係なことです。ですが、かの女に似た人間を、彼はポーランドに置いておきたくないのです。あなたの存在が彼の目にとまった瞬間、彼はあなたを生まれ故郷のスイスに返そうと思った。最初は、子どもを狙った。脅かすつもりだけだったのに、その結果、子どもをかばおうとした父親まで殺してしまった」
 シャルロットは真っ青になった。この人は何を言っているの?
「あなたは、事故の後、ポーランド郊外に引っ越し、めったにワルシャワには出てこなくなった。だから、彼はあなたを見逃すことにした。噂では、あなたは、学生生活を送ったフランスへ行こうとしていたそうだし。ところが、あなたはワルシャワへ出てきた。この人と婚約するのだという。だから、彼は、もう一度あなたを脅かそうとした。教会の前の広場で、何者かに狙われただろう? だが、あなたは婚約を解消しようとはしなかった。だから、もう一度脅かそうとしたんだ」
 シャルロットは震えだした。
「大丈夫、証拠は何もない。わたしの証言なんて、あてになるものか」ルジツキー氏は言った。「証言と言えば、わたしの話をことごとく覆すことだって難しくはない。金のためになら、偽りを口にする人間など、山ほどいる。裁判をしようというのなら、そんな人間を何万人でも出すだけのことだ。悪いことは言わない。フランスでもスイスでも、好きなところに行くといい。<この人と一緒に>というつもりだったが、この人はあなたにはもったいない。彼は、わがルジツキー帝国のトップにでもなれる人間だ」
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ