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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第104章

第1903回

 マリアーンが亡くなった日の夜、フランスからの電報で状況が一変した。
 ルドヴィークもユーリアも、マリアーンを<両親>の墓のそばに埋葬するつもりでいた。
 ルドヴィークは、ちょうどフランスに戻っていたマリアーンのマネージャーから電報をもらって、すぐに国際電話で彼と話した。マネージャーは、マリアーンは<遺言状>のたぐいを残してはいないが、時々『もし、自分が亡くなったら、サン=ジェルマン=アン=レーの両親と一緒に葬って欲しい』と言っていた、と話した。そして、フランスで彼と親しくしていた<恩人>が、そう望んでいるのだと。
 電話を切ったルドヴィークから事情を聞き、シャルロットにはすぐにその話の成り行きがわかった。
「これは、マリアーンと、彼の知人から聞いた話なんだけど」シャルロットは、ユーリアが入れてくれた紅茶を一口飲んでから言った。「あなたたちは、彼の兄姉だから、知っている話が半分以上だと思うけど、話してもいいかしら?」
 ユーリアはちらっとルドヴィークを見てから、「知っている話だと思っても、口をはさまないわ」と答えた。
 それで、シャルロットは話し出した。
「彼のご両親のことは詳しくはわからないの。たぶん、彼自身も覚えていないと思うの。でも、ご両親を亡くした彼には、誰も引き取り手がいなかった。それで、彼はその地---サン=ジェルマン=アン=レーの、とある孤児院に預けられたそうよ。孤児院に行っても、もともと人と交流するのが苦手だった彼は、友達を作らずに、一人でいることが多かったんですって。彼が行く先は、孤児院にあった小礼拝堂がほとんどだったそうだけど、彼が特別に信心深いからではなかったそうよ。その小礼拝堂には、古びたピアノが一台おかれていて、彼はそれを弾いていたんですって。たいていは、シスターたちが歌っている賛美歌だったりしたんだけど、いつの間にか、かの女たちさえ知らないような音楽に変わっていったのだとか」
 ルドヴィークは目を丸くしていた。マリアーンはあまり自分のことを話さない人だったが、今の話は初耳だったからだ。
「彼のもう一つの行き先は、ご近所にあったピアノ教室だったの。もちろん、孤児だった彼には、ピアノを習うだけの資金がなかった。だから、彼は、音楽教室の窓の下にしゃがんで、レッスンをじっと聞いていたんだそうよ。そして、門限になるまでそこで過ごして、そこで聞いた音楽を、次の日に小礼拝堂で再現していたんだとか。そして、レッスンが始まる時間になると、また音楽教室に移動して・・・それが彼の日課だったそうよ。それに気がついたご近所のピアノ教室の先生は、生徒たちが来ない時間に、いろいろな曲を彼だけのために演奏していたんですって。もちろん、当時のマリアーンはそんなことには気がついていなかったんだけど。これは、その先生から聞いた話よ。『あの少年にピアノを教えてみたかった。もし、彼があんなにシャイでなかったら、<こんにちは>と一言でも声をかけてくれていさえしたら、中に入れて、思う存分ピアノを弾かせてあげたのになあ・・・』彼は、そんなことを話してくれたわ。そんなある日、孤児院に慰問で訪れた指揮者のクリモヴィッチ氏が、マリアーンの弾くブラームスを聞いて、自分のところに連れて帰ったの。そこから先は、あなたがたのほうがよく知っていると思うの」
 ルドヴィークとユーリアは頷いた。
「ずっとベルリンで暮らしていたマリアーンが、フランスのピアノコンクールに出るために久しぶりに帰国したの。コンクールで優勝したとき、彼はまず故郷に向かった。彼が小礼拝堂を使うのを黙認してくださった優しい院長先生はもうお亡くなりになっていたし、彼を知っている孤児たちはすでに孤児院を去っていたけど、古くからいる先生方の何人かは彼のことを覚えていて、彼は、後輩たちのためにそこで演奏し、古い記録に残っていた彼の昔の家を訪ね、両親の墓参りをしたの。彼の周りから報道陣たちがすべて姿を消した後になって、一人の男性が彼に声をかけた。その男性の名前はオーギュスト=デュラン。孤児院の近くで音楽教室を開いていた教師だった。もちろん、マリアーンは彼を覚えていたの。ただ、二人が言葉を交わしたのはそのときが最初だったそうよ。それから戦争になって、マリアーンは帰国し、戦場に向かったの・・・そして、戦争が終わった後、マリアーンはデュラン先生に再会して、彼のすすめで、彼の家の隣の空き家に住むことにしたそうよ」シャルロットはそこまで話して、胸がつまった。その隣の家こそ、かの女が大好きだったスール=コラリィが少女時代を過ごした家だった。オーギュスト=デュランは、その少女の才能に惚れ込んで無償でかの女にヴァイオリンを教え、少女の方はヴァイオリン以上に先生の方に夢中になってしまった・・・。二人の年の差を心配した教師の方が身を引き、少女はヴァイオリンを捨てて修道院に入った。その後、少女は従軍看護師として戦場で命を落とし、かの女の両親は思い出の残るその家を手放した。・・・だが、その話は、マリアーンの話とは無関係だ。「マリアーンはベルリンの雰囲気を愛していたし、そこで仕事をすることが多かったけど、彼は成人してからはベルリンに家を借りたことは一度もなかったそうよ。彼の住まいは、彼が幼い頃に過ごした町だった。そして、彼は、今、そこに帰りたがっているのよ」
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