年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第104章

第1915回

 ピルニは驚いたようにシャルロットを見た。そして、苦笑した。
「あなたは、一つと言って二つ質問なさった。そして、二つとも正しくない」
 そう言うと、彼はまじめな顔に戻った。
「<こういうお仕事>」ピルニはシャルロットの言葉を繰り返した。「あなたは、おそらく、わたしをテロリストか何かと思っておいででしょう。ですが、わたしは、普段はそういう仕事をしているわけではない。ルジツキー商事では、わたしは二つの肩書きを持っています。午前中は、工場で働いています。そこでは小さな班の班長を任されています。わたしたちの班は、特別な班で・・・」
 フリーデマンはピルニをにらみつけた。
「・・・午前中は工場で働き、午後は会社の柔術クラブで稽古をします。ルジツキー柔術クラブは、社会人のクラブとしては国内でも5本の指に入るくらいのチームで、わたしはそこの副部長兼コーチをしています。わたしたちのチームは、大会でメダルを取るのを目標としている人と、社長お抱えのボディーガード部隊に入るのを目指す人に分けられます。わたしは、そのボディーガード部隊から、チーム指導者になった変わり種です。ボディーガードのリーダー曰く、『きみは、こういう仕事より、後輩の指導の方が向いているようだ』・・・そして、わたしはボディーガードをやめてクラブに移ったのです」
 そう言って気が弱そうにほほえんだピルニを、シャルロットは優しい目で見つめた。
「わたしは、子どもの頃から、体だけは人一倍でかいのに気が小さい、と言われていました。そんなわたしを変えたのは、たまたま見に行った柔術の大会でした。自分よりも大きな人間を投げ飛ばす少年を見たとき、わたしはこれだ、と思いました。ですが、クラブの指導者は、『柔術は、他人に危害を加えるためのものではない。いじめるヤツをやっつける、という気持ちで入団されては困る』といってわたしの入部を拒みました。わたしは、何日も道場に通い、練習を見学しました。だんだん、柔術そのものに惹かれるようになり、それに気づいたクラブの指導者が、ついに入部を許可してくださいました。それからは、幸運続きで、大会で入賞できるまでになり、ルジツキー商事に入社し、そこでクラブを作る、と話はうまい具合に進んでいきました。わたしの人生は順風満帆、まわりからエリートと見られ、同じ会社の人間と結婚し、二人の子どもにも恵まれました。幸せってこういうものなのだ、と思うようになりました。わたしは小心者ですから、それで満足だと思っていました。ところが、一人の男がすべてを変えてしまいました。中途入社でわたしの上役となったその男性は、柔術の理念には全く興味を示しませんでした。彼は、柔術をただのレスリングだと思うような人間でした。彼が入社して、ボディーガード部隊はがらっと変わりました。腕っ節が強い奴らをクラブから引き抜き、暴力三昧の集まりに変えてしまったんです。裏では、犯罪に手を染めている者もいるのだという噂が流れ、クラブの連中は戦々恐々とする毎日になりました」
 ピルニはぶるっと身震いした。
「そして、去年、クラブチームは結成以来初めて大会で予選落ちしました。わたしは、『今度こんなことがあったら、クラブは解散する』という上役の言葉を部員に伝え、それを聞いた部員たちの中には、まじめに再就職先を探した人もいたほどです。だから、わたしは決心しました。彼らを、安心して練習できる環境に戻さなければならない・・・それが指導者のつとめだと思ったからです」
「そして、悪に手を染めたわけだ」フリーデマンが冷たい口調で言った。
 ピルニの目に涙がたまった。「無抵抗の女性を殴るなんて、そんなことが許されるはずはない。でも、わたしはやってしまった。心の中でみんなのためだと言い聞かせた。だけど、そうじゃなかった。わたしは、自分に負けたのです。いいえ、わたしは金の力に負けたのだと悟ったのです」
 その言葉を聞き、シャルロットの肩がぴくりと動いた。
「あなたはおっしゃいましたよね。多くの人が夢見るのにもかかわらずこの世で実現するのが一番難しい夢は、愛するひととたくさんの子どもたちと一緒に温かい家庭を築くことかもしれない、と。一見平凡な夢ですが、その夢を叶える人間は多くないのだと。普通の人は、その夢を実現するにはお金が必要だと思い、気づいたときにはお金の奴隷になってしまっている。世の中の大半の人は、お金を支配するのではなく、お金に支配されて人生を終える。そのくびきをどこかで断ち切らなければ、人間は幸せにはなれないのだ、と」
 ピルニはそう言ってため息をついた。
「だから、わたしは決心しました。幸せになるために、もう一度最初からやり直そうと。そのために、今目の前にある砂の城を壊さなければならないのだったら、わたしはそのすべてを捨ててもいい。自分は間違いを犯してしまった。償うところから人生をやり直さなければ。そう思ったとき、わたしの足は教会に向かっていました」
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ