そう言うと、ウェルナー夫人はにっこり笑った。
「あら、自分だけ話してはダメよね? ところで、あなたは、本当は、どなたなの? 訪ねてきた相手はわたしではないんでしょう? 本当は、カロルのところにいらしたのよね? まさかと思うけど、あなたは彼を口説くつもりじゃないわよね?」
驚いた表情をしたシャルロットに、ウェルナー夫人は言った。
「時々お見えになるのよね、変わったお客様が。ルジツキー商事に勤めたいと---ここに来て、個人的に兄と直談判しようと思う美しいお嬢さんが。あなたがそうだとは思えなかったんだけど・・・胸ポケットに入っているのは、まさか履歴書じゃないわよね?」
シャルロットは「まさか」とつぶやいた。
「そう。それならいいんだけど。兄は、そういう裏取引は好みません。自分のしていることを棚に上げて、そういう行為をする人間を軽蔑しているんです。もし、あなたが彼に何か頼み事をするつもりなら、きちんと訪問予約を取って、会社の方に行くことをおすすめするわ。わたしからの、忠告」
シャルロットはちいさく頷いた。
「忠告ありがとうございます。彼がわたしに会ってくださるとはとても思えないのでまっすぐここに来たのですが、いったん戻って、今度は正攻法で訪問することにします」
ウェルナー夫人はまた笑った。
「実は、履歴書ではなく、退職願を持ってきたんですが・・・」シャルロットは真顔で続けた。
「まあ。それなら、なおさら会社で渡すべきだわ・・・」
「ですから、それは、ちょっと・・・」
ウェルナー夫人は目を輝かせた。「それでは、あなたは、本当に兄の・・・大切な女性なのね? あの兄が、恋人を持つなんて意外だわ。それより、あなたの行動の方が意外ね。別れるのに、退職願を書いてくるなんて、ユーモアにしてはきついわね。でも、そんなところが、兄の恋人らしいわ」
シャルロットはまじめに言った。「残念ですが、わたしの退職願ではないんです」
ウェルナー夫人は落胆したような顔をした。
「・・・まあ、残念ね。あの堅物が、女性と交際していたと聞いて、少しはまともになったと思ったのに。でも、考えてみると、彼はあなたのような女性を選ぶはずはないわね。彼は、サーシャがあなたのことを嫌いだと知っているんですもの」
サーシャ、というのがチャルトルィスキー公爵のことだと気がつくと、シャルロットの顔が少しこわばった。
「わたしは・・・」
「さあ、本当のことをおっしゃい。あなたは、ナターシャのお嬢さんのブローニャさんでしょう? わたしは、こう見えても、人の顔を間違うことは滅多にないのよ」ウェルナー夫人が言った。「ブローニャさんは、数年前に亡くなられたと聞いているわ。でも、あなたは、間違いなくブローニャさんよ。そうなんでしょう?」
シャルロットは少しの間何も言わなかった。しかし、ウェルナー夫人の目を見ているうちに、この女性になら話しても大丈夫だと感じた。
「わたしが<クラコヴィアク>のブローニャだったことは本当です」シャルロットは話し出した。ウェルナー夫人の顔がぱっと輝いたので、シャルロットはすぐに言葉を継いだ。「ですが、わたしが生きていることで困る人間がいると知って、わたしのために犠牲になった他の女性と入れ替わる決心をしました。今のわたしは、クリスティアーナ=コヴァルスカと申します。亡き夫ライモンド=コヴァルスキーは、ナターリア=スクロヴァチェフスカ夫人とは遠縁に当たります。わたし自身も、夫人とは遠縁の人間です」
「では、あなたは、ナターシャとは親子ではなかったのね?」
「ええ。わたしは、本当は、夫人の従姉にあたるクラリス=ド=ヴェルモンの娘です」
「えっ?」ウェルナー夫人は驚いてシャルロットを見つめた。「・・・それでは、あなたが、エマニュエル=サンフルーリィのお嬢さんなの? 彼は、娘さんを亡くして、養女を迎えたという噂だったけど、実は、本当の娘さんだったのね?」
シャルロットは意外な名前が飛び出してびっくりした。「あなたは、父のことをご存じだったのですか?」
「そう、あなたがエマニュエルの《ぼくのかわいい白バラちゃん 》だったなんて。でも、そういわれてみれば、あなたは、確かに彼にそっくりだわ」そう言うと、ウェルナー夫人は納得したように頷いた。「彼は、ワルシャワに来ると、ここを訪ねてくれたのよ。温室育ちの、娘によく似た白いバラに会いに来た、と言ってね」
「あら、自分だけ話してはダメよね? ところで、あなたは、本当は、どなたなの? 訪ねてきた相手はわたしではないんでしょう? 本当は、カロルのところにいらしたのよね? まさかと思うけど、あなたは彼を口説くつもりじゃないわよね?」
驚いた表情をしたシャルロットに、ウェルナー夫人は言った。
「時々お見えになるのよね、変わったお客様が。ルジツキー商事に勤めたいと---ここに来て、個人的に兄と直談判しようと思う美しいお嬢さんが。あなたがそうだとは思えなかったんだけど・・・胸ポケットに入っているのは、まさか履歴書じゃないわよね?」
シャルロットは「まさか」とつぶやいた。
「そう。それならいいんだけど。兄は、そういう裏取引は好みません。自分のしていることを棚に上げて、そういう行為をする人間を軽蔑しているんです。もし、あなたが彼に何か頼み事をするつもりなら、きちんと訪問予約を取って、会社の方に行くことをおすすめするわ。わたしからの、忠告」
シャルロットはちいさく頷いた。
「忠告ありがとうございます。彼がわたしに会ってくださるとはとても思えないのでまっすぐここに来たのですが、いったん戻って、今度は正攻法で訪問することにします」
ウェルナー夫人はまた笑った。
「実は、履歴書ではなく、退職願を持ってきたんですが・・・」シャルロットは真顔で続けた。
「まあ。それなら、なおさら会社で渡すべきだわ・・・」
「ですから、それは、ちょっと・・・」
ウェルナー夫人は目を輝かせた。「それでは、あなたは、本当に兄の・・・大切な女性なのね? あの兄が、恋人を持つなんて意外だわ。それより、あなたの行動の方が意外ね。別れるのに、退職願を書いてくるなんて、ユーモアにしてはきついわね。でも、そんなところが、兄の恋人らしいわ」
シャルロットはまじめに言った。「残念ですが、わたしの退職願ではないんです」
ウェルナー夫人は落胆したような顔をした。
「・・・まあ、残念ね。あの堅物が、女性と交際していたと聞いて、少しはまともになったと思ったのに。でも、考えてみると、彼はあなたのような女性を選ぶはずはないわね。彼は、サーシャがあなたのことを嫌いだと知っているんですもの」
サーシャ、というのがチャルトルィスキー公爵のことだと気がつくと、シャルロットの顔が少しこわばった。
「わたしは・・・」
「さあ、本当のことをおっしゃい。あなたは、ナターシャのお嬢さんのブローニャさんでしょう? わたしは、こう見えても、人の顔を間違うことは滅多にないのよ」ウェルナー夫人が言った。「ブローニャさんは、数年前に亡くなられたと聞いているわ。でも、あなたは、間違いなくブローニャさんよ。そうなんでしょう?」
シャルロットは少しの間何も言わなかった。しかし、ウェルナー夫人の目を見ているうちに、この女性になら話しても大丈夫だと感じた。
「わたしが<クラコヴィアク>のブローニャだったことは本当です」シャルロットは話し出した。ウェルナー夫人の顔がぱっと輝いたので、シャルロットはすぐに言葉を継いだ。「ですが、わたしが生きていることで困る人間がいると知って、わたしのために犠牲になった他の女性と入れ替わる決心をしました。今のわたしは、クリスティアーナ=コヴァルスカと申します。亡き夫ライモンド=コヴァルスキーは、ナターリア=スクロヴァチェフスカ夫人とは遠縁に当たります。わたし自身も、夫人とは遠縁の人間です」
「では、あなたは、ナターシャとは親子ではなかったのね?」
「ええ。わたしは、本当は、夫人の従姉にあたるクラリス=ド=ヴェルモンの娘です」
「えっ?」ウェルナー夫人は驚いてシャルロットを見つめた。「・・・それでは、あなたが、エマニュエル=サンフルーリィのお嬢さんなの? 彼は、娘さんを亡くして、養女を迎えたという噂だったけど、実は、本当の娘さんだったのね?」
シャルロットは意外な名前が飛び出してびっくりした。「あなたは、父のことをご存じだったのですか?」
「そう、あなたがエマニュエルの《
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年代記 第二部

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