年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第105章

第1920回

 シャルロットは、ウェルナー夫人の表情から、父親とこの女性の間には友情関係しかないと察した。そう言われてみれば、以前、彼が送ってくれた絵はがきに、《ワルシャワの友人のところには、立派な温室があって、そこには綺麗な白バラがある。》と書いてきたことを思い出した。その<友人>が<女友達>を意味する女性名詞だったことも。ただ、その当時、シャルロットは彼のことを本当の父親だと知らなかったので、<女友達>について詮索しようとも思わなかった。彼の交友関係に興味もなかった。
 シャルロットは、彼がここを訪問したことがあると聞いて懐かしさを覚えた。彼の故郷からこんなに離れたところに、彼を知る人がいることをうれしく思った。
 突然、シャルロットは《ヘレナ=ウェルノヴァ》という名前に聞き覚えがあることに気がついた。この女性は、フランショーム家の前当主であるエクトール=フランショームの元愛人だ。指揮者であったフランショーム氏は、このワルシャワで亡くなった。死因は心筋梗塞。彼は愛人宅で、ベッドの中で冷たくなっているのを発見されたのだと言うが、口さがない連中は、彼の死因についてあることないことを書き立て、当時スイスにいたシャルロットたちの耳にまでその噂が届いたものだ。
「もしかして、あなたは、芸術家たちの支援者・・・と言われていた、あのウェルナー夫人・・・ですか?」シャルロットは、口ごもりながら訊ねた。
 シャルロットがためらっているのを見て、ウェルナー夫人は笑い出した。
「《芸術家たちの支援者》ね。・・・ええ、それは間違いなくわたしよ」ウェルナー夫人は言った。「そんな風に聞くところを見ると、あなた、たぶん、あの噂のことを思い出したのね、わたしが、フランショーム家の前当主エクトール=フランショームの愛人だという噂を?」
 シャルロットはほんの少し赤くなった。
「男の人って、そういう噂が広まるのが好きなのよね。確か、エクトールの場合は《ヨーロッパ各国の首都ごとに愛人がいる》というんだったわね。今さら誰も本当のことはいわないと思うけど、たぶん、彼はその女性の誰とも関係を持っていなかったと思うわ。ここだけの話だけど、彼が好きだったのは女性ではなく男性だったというのが正解。その噂が広がらないように、彼はマメに女性たちを口説いていたの。主に、わたしのような《未亡人》という女性たちをね。ただ、運悪く、彼がこの家で心筋梗塞の発作を起こして倒れてしまったから、誰にとっても困ったことになってしまったんだけどね。おかげで、わたしはトロイのヘレナと結びつけられて、とんだ悪女として噂になってしまったのよ。でも、よく考えてご覧なさい。ヘクトールは、ヘレナには夢中にならなかったはずだって知らないのかしら?」
 シャルロットは、思わず笑い出した。
「そんなこともあって、カロルは、わたしの名誉を守るため、わたしが心の病を患っていることにしてしまおうとしたの。わたしと彼とは古い友人だった。彼がわたしのところに来ていたのは、お見舞いのためだったのだ、とね。これまで何人か雇われた女性たちが、わたしの迫真の演技にだまされてくれたから、今ではあの噂のことも忘れられてきていると思っていたのに。でも、あなたは、あのコヴァルスキー家の人間だから、わたしの噂を忘れてくれなかったのね」そう言うと、ウェルナー夫人は小さくため息をついた。「そういえば、フランショーム家の現当主も、わたしを訪ねてきたことがあったの。さすがに、息子さんに父親の嗜好を話すことはできなかったけど、彼とは古い友人だということは話したわ。彼の最期の様子もね」
「フランソワが、ワルシャワに来たんですか?」シャルロットは驚いて訊ねた。「いつ頃の話でしょう?」
「10年くらい前のことだと思うわ。ちょうど、奥様をなくされた直後だったと伺ったわ。彼は、衝動的に旅がしたくなったといっていたわ。彼の父親を知っている人たち---さすがの彼も、《父の愛人たち》という表現を避けたわ---特に、父親の終焉の地を見たかったのだと言っていたわ」ウェルナー夫人はそう言うと、片目を閉じて見せた。「そのとき、彼が、ちょっとした騒ぎを起こしたことを付け加えた方がいいかしら? 大きな声では言えないけど、このワルシャワに、彼のご落胤がいるのだとか。ご存じ?」
 シャルロットは目を見開いた。「いいえ」
「噂に過ぎないけど」ウェルナー夫人は肩をすくめた。「その子の名前は、ステファン=フランチシェク=ポトツキ。1924年生まれだから、今8歳ね。同じワルシャワにいるから、名前だけは知っていた方がいいと思うわ。だけど、余計なお世話だったかしらね?」
 シャルロットにとっては、初めて聞く噂だった。フランショーム家当主の隠し子が、これからのかの女の人生にどう関わってくるかなど、今のかの女に知るよしもなかったのだが、かの女はその名前をしっかりと頭に刻みつけた。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ