年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第105章

第1924回

 ルジツキー氏は、声を上げて笑い出した。
「失礼。こんなにうれしい言葉を聞いたのは久しぶりだ、と思ってね」ルジツキー氏の目元がふっと優しくなった。「やはり、あなたはすばらしい人間だ。あのサーシャが、あなたを恐れている理由がわかるような気がするよ。あなたのような人間は、敵に回すより味方にした方が何倍も得だということを、彼も気づいてくれればいいのだが」
 そう言うと、彼は立ち上がり、自らワゴンの上にあった皿のふたを取った。そして、肉を切り分け、シャルロット、ウェルナー夫人の順番に肉料理の皿を振る舞い、自分の分を持って席に戻った。
「今日のメイン料理はどうやらライチョウのワイン蒸しのようだ」ルジツキー氏はそう言った。「これは、ヘラの大好物でね」
 ウェルナー夫人はにっこり笑った。「間違いなくおいしいわよ」
「遠慮なくいただきます」シャルロットはそう言ってナイフとフォークを持った。
 シャルロットが肉を一口食べたとき、ルジツキー氏は言った。
「突然だが、前チャルトルィスキー公爵の屋敷を、サーシャに譲るつもりはないか?」
 シャルロットはびっくりして顔を上げた。
「誰にとっても、それがいい解決法だと思ったのだが。もし、あなたにその気があれば、わたしが仲介者になってもいいが」
 シャルロットが返事できずにいると、ルジツキー氏はまじめな顔に戻った。
「はっきりいうと、あなたの生活は破綻寸前だ。この間の例の銀行の破産騒ぎで、あなたの---というより、コヴァルスキー氏から相続した遺産のほとんどが消えてしまった。あれは、わたしにとっても相当の打撃だった。あなたのように、収入のほとんどが株と不動産からのものの場合、もう一度取り付け騒ぎがあれば、屋敷を全部手放すことになりかねない。今だって、機会があればポーランドの動産不動産を一切合切手放してしまって、さっさとフランスなりスイスなりに行ってしまいたいというのが本音のはずだ」
 そう言って、彼はグラスの炭酸水を口にした。
「一方、サーシャの方は、あなたのあの屋敷をほしがっている。というか、あの男にとって、その執念はただ事じゃない」
 ルジツキー氏は、ナイフとフォークをいったん皿に置いた。
「あの屋敷には、彼にとって悲しい歴史があるんだよ。わたしたち兄妹にとってこの屋敷がそうであるようにね」ルジツキー氏が続けた。「1863年の蜂起の後、首謀者のロムアルド=トラウグートを屋敷の中に匿ったことが発覚したり、蜂起に参加した領地からの収入のほとんどを失ったりで、チャルトルィスキー家の財政はどん底だった。当時まだ20代前半であとを継いだばかりだった若き当主アントーニ=チャルトルィスキーは、破産するか屋敷を手放すかの二者択一を迫られた。その状況につけ入ろうとしたのが、アントーニにとっては父親くらいの年齢だったポニァトフスキー伯爵だった。彼の亡くなった妻は銀行家の一人娘で、その遺産である銀行を受け継ぐほど商才があった彼は、当時から<銀行家伯爵>と揶揄されていた。その彼が、アントーニに、屋敷を保障する代わりに妹をよこせと言った。こうして、アントーニの妹のゾフィア姫は、父親ほどの年が離れた男の後妻として、無理矢理結婚させられた。こうして結婚した二人の間に誕生したのがサーシャだった。その一連の出来事をきっかけに政治に興味を持ったアントーニとは対照的に、<銀行家伯爵>を見て育ったサーシャは経済に興味を持つようになった。経済状況がよくなってきて、アントーニは、妹に対する負い目から、サーシャを自分の跡継ぎにしようと思っていた。サーシャも、いずれ自分がチャルトルィスキー公爵になるものだと思っていた。妻をめとらなかったアントーニにとって、サーシャは唯一の後継者だったから。いや、アントーニは、サーシャを跡継ぎにするためだけの理由で結婚しなかったのかもしれない。サーシャのほうは、跡継ぎが欲しいというただそれだけの理由で結婚し、念願の息子を、妻の命と引き替えに得た。それでも、チャルトルィスキー家にはきちんと後継者ができ、彼らの計画はうまくいっているように思えた。たった一つ、歯車が狂う前までは」
「それは・・・彼が、ナターリア=スタニスワフスカに出会ってしまった、から・・・?」
 ウェルナー夫人は笑いをかみ殺すような表情をした。
 ルジツキー氏は、シャルロットをじっくり見つめ、妹と対照的な表情を浮かべた。「・・・サーシャが、今のあなたを見たら、どんな顔をするだろうな、と思ったら、複雑な気分になったよ。サーシャは、彼の父親と同じような人生を歩んできたからな。もっとも、彼の場合は、最初に貴族のご令嬢と結婚し、資産家の娘と再婚したから、彼の父親とは結婚する順番が逆だがね。その娘の父親としては、何よりも娘の幸せの方が第一だ。できれば、あなたをサーシャに会わせたくはないものだ」
「それでは、当時彼がナターリアおばさまを好きだったというのは、本当のことだったのですか?」シャルロットは訊ねた。
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