年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第105章

第1925回

 ルジツキー氏は声を出して笑った。
「うーん、それは直接彼に聞いて欲しい。もっとも、あの古ダヌキめが簡単にしっぽを出すとは思えないがね」
 人のことを古ダヌキ扱いできる立場でもあるまい。ご自分が社員たちに古ギツネ呼ばわりされていると知ったら、ルジツキー氏はどんな顔をされるかしら、とシャルロットは思ったが、あえて口には出さなかった。
 食事が進むにつれ、シャルロットは自分がこれまでルジツキー氏に偏見を持っていたのだと思うようになっていた。この人は根っからの商売人だ。一度でもこの人と友好的に話ができた人なら、次もこの人からものを買いたい---彼は、人にそんな風に思わせる人間だ。そうでなければ、自分の会社を一代でこれほどの規模のものにはできなかっただろう。が、その反面、敵に回すと恐ろしい人間かもしれない。彼にはそんな二面性があるのは間違いない。
 かの女は、彼のボディーガードたちの優しい目を思いだした。彼らは、盲目的と言えるくらいルジツキー氏のことを慕っている。彼の盾になって死んでもいいと思うくらいに。常に彼のそばにいるボディーガードたちほど、命を賭けてこの人を守りたいと思うに違いない。
 だが、どうして、ピルニだけはそうではなかったのだろうか? ボディーガード集団たちの中にいて、彼一人違う雰囲気を醸し出していた。あの人たちの中にいてさえ、ピルニの目は、ルジツキー氏に対する信頼を浮かべていなかった。
 出し抜けに、ルジツキー氏は楽しそうな笑い声を上げた。
「ところで、直訴状を持ってきたんだって?」
 シャルロットははっとして胸元に手を当てた。しかし、コートは食事の前に脱いでしまっていた。そして、ピルニの辞表はルジツキー氏の手の中にあった。まるで手品を見ているような顔をしたシャルロットに対し、彼はもう一度笑った。
「アンジェイ=ピルニとは、知り合いだったのかね?」
「まさか。仮にそうだったとしたら、あの人は決してわたしを襲撃したりはしなかったでしょう」
 ルジツキー氏は機嫌良さそうににやっと笑った。
「彼は、図体ばかりでかくて、気が弱い男だ。根が優しいんだろうな。就職試験を受けに来たとき、面白い男だと思って採用したんだがね」ルジツキー氏は何かを思い出すような表情をした。「あんな無欲なヤツも珍しい。うちの会社を受験するような人間は、みなまともな志望動機を語るものだが、彼はそうじゃなかった。彼は、一流の柔術クラブがあるから我が社を受験したのだと言った。もしうちで採用しなかったら、他の会社の柔術クラブに入っていただろう。彼は全国大会に出場したことがあるほどの実力の持ち主だった。会社内で役に立つ部署があるかどうかわからないが、クラブチームに彼は必要な人間だった。他の人間だったら、クラブチームにいるより、わたしのボディーガードになりたがるものだが、彼だけは違った。彼は、柔術そのものを愛していた。忠誠心過剰なわたしの部下たちは、彼を好いてはいなかったし、彼も、わたしのボディーガードをするより、チームに戻りたがっていた。おかしなヤツだった」
「でも、いいえ、だからこそ、あなたは彼が好きだったんでしょう?」
 ルジツキー氏はまたにやりとした。「彼には、そう言ってはダメだぞ。そう言っても喜ばないようなヤツには、そういう言葉をかけないようにしているんだ。いくら口説いてもなびかないヤツを口説くなんて、わたしのプライドが許さないからな。だから、彼の退職を認めよう。もちろん、退職金は規程通り支払うし、彼が我が社でどんな仕事をしていたか、あなたに何をしたかを警察に行って洗いざらいしゃべらない限り、彼の安全は保障する。何だったら、あとで、今の話を文章化したものをあなたのところに送ろう」
 そう言って、ほほえんでいるシャルロットに言った。
「あの男をフランスに連れて行くつもりか? たとえ彼がその気でも、彼の家族はどう思うかな?」
 シャルロットは、そこまで考えていなかったことに気がついた。
「もし、あなたがポーランドに残るという結論を出したときには、もしあなたさえよければ、わたしと妹は、あなたを友人として迎えたいと思っている。もちろん、あいつにもしっかり釘を刺しておくよ」ルジツキー氏は優しく言った。
「あなたは、わたしがフランスなりスイスなりに行ってしまった方がいいとお考えだったはず。そして、わたしも、全く同意見だとお伝えしたはずですが?」シャルロットがやんわりと言った。
 ルジツキー氏はいたずらっぽく笑った。「わたしの情報網をあなどらないで欲しいね。あなたには、どうしてもポーランドに残って欲しいと思っている<特別に親しい友人>がいると思っていたのだが? 彼と一緒にワルシャワに残るのも悪い選択じゃないぞ」
 そして、その言葉に赤面したシャルロットを見て、彼はうれしそうに笑った。
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