年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第105章

第1926回

 シャルロットは、会社に戻ろうとしていたルジツキー氏の車に同乗させてもらった。行き先は、<チャルトルィスキー屋敷(レーベンシュタイン家)>だった。公爵と話し合いをする前に、レーベンシュタイン夫妻の意向を聞いておかなければならなかったからだ。シャルロットがワルシャワに残るとすれば、公爵はその条件として屋敷の明け渡しを要求するはずだし、フランスへ戻るとすれば屋敷を売ってしまいたかったからだ。どちらにしても、シャルロットの手元に屋敷が残ることは考えられなかったのである。
 幸い、レーベンシュタイン夫妻は在宅中だった。ルドヴィークは昼食のために家に戻っていて、ユーリアは夕方に最初の生徒がくるまで時間が空いていたのである。
 日中にシャルロットがやってくることは珍しいことだったので、シャルロットの顔を見ると二人とも不安そうな顔をした。シャルロットが不安そうな表情をしていたので、二人は余計に心配を深めた。それでも、彼らはいつものように挨拶を交わした。そして、シャルロットが「大切な話があるの」と切り出すのを待った。
 しかし、シャルロットはなかなか話を切り出さない。とうとうルドヴィークが話の口火を切った。
「・・・で、話っていったい何だろう?」
 シャルロットは、しぶしぶ口を開いた。
「わたしは、フランスへ戻る決心をしたの」
『うん、それはすでに知っているよ』ルドヴィークはその言葉を口に出さなかったが、表情で伝えた。
「・・・それで、あなたがたに相談があるのーーー」そう言いかけたとき、玄関で男性の鋭い声がした。
「何だろう?」ルドヴィークは、滅多に声を荒げることがない家政婦長が気色ばんだ声を出したのを聞いて、思わずユーリアに声をかけた。廊下の声は、はっきりと『お帰りください!』と聞こえた。招かれざる客に間違いない。しかし、家政婦長の制止を振り切り、謎の人物は客間に入ってきた。続いて入ってきた家政婦長は、まだその人物を追い出すつもりだった。
 そこに立っていたのは、5~60歳の男性だった。シャルロットは、その人物を一目見て、アレクサンデル=チャルトルィスキーだと確信した。かの女が知っている前公爵にそっくりだったからだ。白髪が交じる黒髪に、意志の強そうな灰色の目。人生のかなりの時間人に指図してきた人間だけが持つ尊大さ。それでも、前公爵は、シャルロットやナターリアに対しては、常に優しいまなざしをしていたものだ。それに対して、アレクサンデルは、若い頃から冷たい視線をシャルロットに向け続けていた。シャルロットを見て、彼の態度が一瞬ほつれたが、彼は一瞬で体勢を立て直した。
「フリーツェックは一緒じゃなかったんだな」開口一番、彼はそう言った。
 シャルロットは落ち着き払った態度で言った。
「こんにちは、チャルトルィスキーさん」眉を少し動かしたアレクサンデルに、シャルロットはこう言った。「お久しぶりです、と申し上げればよかったでしょうか? それとも、公爵様とお呼びしなければならなかったかしら?」
 そして、右手を差し出しながら言った。「どちらにしても、その態度は礼儀にかなっていないと思いますわ」
 アレクサンデルは、それでも何も言わなかった。
「わたしは、シャルロット=ザレスカ、旧姓をド=サン=メランと申します。一時期、ポーランドに住んでいたとき、ブロニスワヴァ=スタニスワフスカを名乗っていたことがございました。あなたとの約束で、それ以外の名前を名乗ることはしません」
 それを聞いて、その場でロトの妻のように固まってしまった家政婦長に、シャルロットは優しく声をかけた。
「ベックさん、どうか冷静になってください。彼は、わざわざ話し合いに来てくださったのよ」そして、アレクサンデルに、礼儀作法を教える母親のような口調で声をかけた。「さあ、あなたも、今度はわたしたちに挨拶をしてくださる気になったかしら?」
 アレクサンデルは、礼儀正しくシャルロットの手を取った。その手が震えているのをシャルロットは感じた。
「こんにちは、マダム」アレクサンデルはしぶしぶ挨拶し、次いでレーベンシュタイン夫妻の方を見た。それで、シャルロットは二人に公爵を紹介した。アレクサンデル=チャルトルィスキーの名前を聞くと、二人ともびっくりしたような顔になった。
 挨拶がすむと、アレクサンデルは懐かしそうに客間を見回した。ここに立ったのは何年ぶりだろう。あの頃、自分は若かった。伯父は、いつでも彼と彼の家族を歓迎してくれた。そして、伯父は結婚した。その相手は、若く美しい女性だった。妻を亡くしてずっと再婚せずに一人でいた彼にとって、その女性は彼の理想だった。彼は自分でも気づかないまま、この屋敷に頻繁に来るようになった。若い公爵夫人に会いたかったからだ、ということに気がついたのは、伯父が自分に冷たい視線を向けるようになったからだ。それまで、伯父はこの屋敷を自分に相続させるつもりでいたのに、彼のちょっとした迷いのため、伯父は彼に背を向けてしまった。
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