年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第105章

第1931回

 シャルロットは口を開いた。
「こんなことになってしまって、責任を感じているわ。だけど、もうこの屋敷を手放す以外に方法はないの」
 ユリアンスキーとベック夫人の表情が硬くなった。
「だとしたら、本来の持ち主に引き取ってもらうのが、誰にとってもいい結末だと思ったの」
「いいえ、喜ぶのは、この人だけです」ユリアンスキーは、彼にしてはきつい口調で言った。
 シャルロットは言いかけた言葉を飲み込んだ。ユリアンスキーがこんな口調で話すのを聞いたのは初めてだったからだ。
「いや、レーベンシュタインご夫妻にとっても悪い話じゃないぞ。わたしは、彼らに、ここをただで管理して欲しいと頼んだんだから」アレクサンデルが言った。
「そのご厚意に甘えることはできない、と申し上げたはず」ルドヴィークも強い口調で言った。
「わたしは、ここを出て行きたくない」ユーリアがむっとして言い返した。
「・・・とりあえず、夫婦げんかはあとで、ということで」アレクサンデルがそう言い、レーベンシュタイン夫妻ににらまれて黙った。
 そこで、シャルロットが言った。
「とにかく、全員の意見を聞きたいわ。聞くまでもないかもしれないけど」シャルロットはそう言ってユリアンスキーの方を見た。そして、ユリアンスキーが考え込んでいるのを見て、言葉を継いだ。「ユーリが言うとおり、わたしさえいなかったら、すべてがいい方向に向かっていたはずだった。もし、わたしがスタニスワフスカ夫人に拾われていなかったら、みんなの人生は変わっていたはず。もし、わたしがナターリア=スタニスワフスカの娘としてポーランドに来なかったら・・・。そうよ、わたしがいなかったらこうなっていたはず、という方向に物事を修正していけばいいだけなのよ。そうすれば、彼がチャルトルィスキー家の跡継ぎになっても、誰一人文句はなかったはず」
「ふん」ルドヴィークは不満げに鼻を鳴らした。「少なくても、きみにだけは、それを言う権利はない。それは、ユリアンスキーさんの人生をすべて否定することだから」
 ユリアンスキーは首を横に振った。「レーベンシュタインさま、それは違います。わたしは、自分の人生を自分で選び取ったのです。シャルロットさまとは無関係な話です。ですから、シャルロットさまにだけは、わたしのことで悔いて欲しくはありません」
 そう言うと、ユリアンスキーはベック夫人に、屋敷の使用人を全部集めるように依頼した。ベック夫人は一礼してその場を去った。
 レーベンシュタイン夫妻は黙ってにらみ合っていた。一方、アレクサンデルは上機嫌で、壁に掛けてある絵画を眺めていた。
 シャルロットは、ユリアンスキーに小さい声で話しかけていた。他の三人には内緒話をしているように見えるくらいちいさな声で話していた内容は、ルジツキー氏から聞いたチャルトルィスキー家の歴史だった。話を聞き終えると、ユリアンスキーは沈んだような表情になった。
 しばらくして、ベック夫人は屋敷の使用人全員を連れて戻ってきた。全員と言っても、10人に満たない人数ではあったが。
 かつて<チャルトルィスキー城>とあだ名されたくらいの規模であるこの家は、前チャルトルィスキー公爵が生きていた頃には、そのあだ名にふさわしい人数の使用人がいたものだが、使用人の数は年々縮小傾向にあった。主に財政面からの理由だった。シャルロットは、従業員が70歳になった順から年金を与えて解雇していたからだ。使用人は減ることはあっても増えることなく現状に至っている。黙っていてもあと十年ちょっとで、使用人は誰もいなくなるはずだった。彼らは、普段レーベンシュタイン夫妻の指示で動いているように見えるが、実際にレーベンシュタイン夫妻の意向をくんで動くのはベック夫人だけで、他の使用人はベック夫人の采配で動いている。そして、その全員の主はシャルロットだった。使用人全員が、自分たちはシャルロットに雇われていると思っているし、実際に給料を払っているのはシャルロットだった。
 実際に住んでいるレーベンシュタイン夫妻は、家政婦長と料理人と清掃担当者以外の人間とは普段関わっていないので、それ以外の人間が何人いなくなってもさほど影響はなかった。彼らは、『働いている人間の数が少しずつ少なくなったみたい』くらいの変化しか感じ取っていなかった。ユーリアはほとんど家にいない生活だったし、娘のマリア=テレージアはシャルロットの娘のように、両親よりシャルロットの元で生活しているほうが多い。ルドヴィークは細かいことにはあまりこだわらず、妻の演奏旅行についていかないときは娘同様シャルロットの家にいることも多い。したがって、彼らは現在でも<チャルトルィスキー屋敷>の住人、というよりは管理人に近いポジションだったともいえた。
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