年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第105章

第1933回

 ヴィクトールを学校に送り届けたシャルロットは、双子の兄のアレクサンドルと一緒に校長に頭を下げ続け、なんとか息子の今回の不祥事を許してもらうことができた。罰として、二人とも復活祭の休みが終わるまで外出禁止処分が下された。退学にならずにすんでほっとしたものの、これで2ヶ月以上二人に会えないのだと思うと、シャルロットは気落ちして学校の門を出た。
 それにしても、いろいろありすぎた一日だった。駅でタデウシたちを見送ったのがたった数時間前のことだとは思えないくらい、一日にしてはいろいろな出来事が続いた。それでも、シャルロットはユリアンスキーの前では平然と振る舞い続けた。一人になるまでは、決して気を抜くまいと思ったからだ。もっとも、ユリアンスキーにだけはすべてお見通しだとも思った。
「まっすぐ帰宅してもよろしいですか?」ユリアンスキーは車の運転席に座って、顔だけ振り返ってシャルロットに訊ねた。
「そうね、そうしてちょうだい」シャルロットはそう答えた。そして、横に乗り込んできたピルニに声をかけた。
「ピルニさん。ようやく話ができるわね。あなたがここにいるということは、家族とは話し合いは済んだのね?」
「はい」ピルニは短く答えた。
「ルジツキー商会を辞めたいという意志は、まだ変わらない?」
「はい」
「・・・よかった。さっき、ルジツキーさんの屋敷を訪ねて、本人に辞表を渡してきたわ。ルジツキーさんは辞表を受け取って、十分な退職金を払うつもりだとおっしゃったわ。あなたが警察に駆け込まない限り、あなたと家族の無事は保障してくださるそうよ。彼は、約束を守る人間だと、わたしは思います。わたしは、彼を信じます」シャルロットはそう言うと、ピルニの方を向いた。「あなたのことを信じているのと同じ程度に」
 ピルニは、苦笑するような笑い方をした。どうやら、それは彼の癖のようなものだ、とシャルロットは思った。
「それで、あなたのご家族は、あなたの転職に賛成してくださったのね?」
「いいえ」ピルニは首を振った。「わたしは、一人で家を出てきました。妻は、少し考えさせて欲しいと言って、子どもたちを連れて出て行ってしまいました」
「まあ」シャルロットは驚いた。「わたしは、ご家族の賛成を得てから、と言ったはずなのに」
「わたしは、はじめから妻の賛成が得られるとは思っていませんでした。かの女は、わたしが会社を辞めることそのものに反対なのですから」ピルニはまじめな口調で言った。「わたしは、これまで家族のためだと思って一生懸命に生きてきました。ですが、妻はおそらくそれを望んではいなかったんですね。わたしは、かの女がわたしを必要としたときにそばにいなかった。だから、わたしがかの女を必要としたとき、かの女はわたしから離れたいと望んだんでしょう。今は、お互いに離れて、これからのことをゆっくり考えた方がいいのだろうとわたしも思いました。その結果、妻がわたしのもとに来ない、という結論を出すのだったら、それはそれで仕方がない、と思います。これまで、かの女には寂しい思いをさせてきたし、つらい思いもさせてきたでしょう。自業自得かもしれません。ただ、わたしはかの女を愛しているのだとは伝えました。いつか、一緒に暮らしたいとも」
「それならば、近い将来、あなたは奥様のところに戻れると思うわ。さっきの話を聞いたでしょう。わたしは、ワルシャワでの暮らしをやめて、フランスへ行こうと思っているの。ポーランドには、必要最小限のものだけを残して、全部処分しようと思っているの。だから、あなたがわたしと一緒にいられるのも、そう長い時間ではないと思うわ。あなたも、ご家族のところに戻って、みんなで仲良く暮らしなさいな」
 ピルニは言った。「さっき、レーベンシュタインさまのお屋敷では、あなたはそうおっしゃらなかった。あなたは、みなに、自分の意志で決めなさいとおっしゃった。それなのに、わたしには家族の元に戻れ、と? わたしには、フランスへ同行することを許してくださらないんでしょうか?」
「あなたには、あなたが守らなければならない人がいる、そう言っているだけよ」シャルロットはそう言うと、疲れたように目を閉じた。ピルニをどう説得していいかわからない。彼には、大切な家族がいるのだということを、どうしたらわからせることができるのだろう。
 ピルニは、シャルロットが心底疲れていることに気がついた。だから、今は議論しないことを選んだ。彼は、シャルロットから視線をはずし、外の景色が流れていくのを見つめた。まず最初に、運転免許を取らなければ、とピルニは考えた。ユリアンスキーのように信頼されるようになるには、まだまだ時間が必要だろう。
 あたりがようやく暗くなってきた。車は屋敷に近づいていた。
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