年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第105章

第1936回

 シャルロットは、二人に声をかけた。
「今日は、どうもありがとう。もう少し考えさせてちょうだい。あと、外は寒いから、ここでコートを着て。<グラフィート>には、ユリアンスキーさんに送らせるわ」
 そう言うと、シャルロットは呼び鈴を鳴らし、執事のユリアンスキーを呼び出した。モジェレフスキー夫妻を<グラフィート>まで送ってもらおうと思ったのである。
 モジェレフスキー夫妻が立ち去ったあとで、シャルロットは先ほどの本を開いた。
 扉の部分に、誰かがペンで書き込みをしていた。シャルロットは、ドイツ語で書かれたその文章を読んだ。

《季節というものは、停滞しているように見えるものなのだ。寒い冬が続くと、いつまでも春が来ないのではないか、という気分になるものだ。でも、必ず春はやってくる。降っている雪もいつかは止む。積もっている雪もいつかは溶ける。少しずつ、気づかないうちに春が近づいているのだ。春の来ない冬はない。それが自然の摂理というものだ。》

 確かにその通り。特に新鮮味も何もない言葉だ。だが、今のシャルロットには、これから春が来るという実感が持てなかった。1933年は、まだ最初の一ヶ月目だ。これから、何が起こるのか想像もつかない。
 シャルロットは、本をいったん閉じ、もう一度タイトルと作者名を確認した。
「《自然と哲学》。シュテファン=ゴールドベルク著」シャルロットはそれをよみ、本をひっくり返して最後のページを見た。「シュテファン=ゴールドベルク、本名シュテファン=フォン=シュタウフェンベルク。1896年ライプチッヒ生まれ。フランスで幼少期を過ごし、1914年ライプチッヒ大学入学。哲学博士」
 そこまで読んで、シャルロットははっとした。「シュテファン=フォン=シュタウフェンベルク? まさか、この人、スフィンクス?」
 シュテファン=フォン=シュタウフェンベルク(スフィンクス)は、サント=ヴェロニック校でシャルロットと1年間同級生だった人間だ。当時から、あまり目立つことがない人間だったし、どちらかというと、どこか頼りないところがある印象しかない人間だった。戦争中、コルネリウスに命を助けられたことがあり、自伝でそれを書いたために、大学を追われたという噂を聞いたことがある。ギュンターは、元同級生だった彼と、卒業後もつきあい続けていたらしい。ライプチッヒ大学を追われ、彼は今どうやって生活しているのだろう。不器用な彼のことだから、別の大学で教えているとは思えない。どこかの私学の高校教師の職を見つけられただろうか? それとも、全く違う職業に就いて、哲学の本を書き続けることにしたのだろうか?
 シャルロットは、考えをいったん打ち切った。今は自分のことを考えようと思った。そして、もう一度本を開いた。
 最初のページに白紙が一枚挟んであった。メモ帳の切れ端だ。たぶん、ギュンターが栞代わりに使っていたものだろう。
 それでも、シャルロットはその紙を手に取ってみた。本当に白紙かどうか確認するためだ。たぶん、マウゴジャータも一応は確認するはずだと考えたギュンターが、文字の書かれたメモなど本に挟むはずはない。シャルロットは、その紙に何か仕掛けがあるかと思ったが、火にすかしてみると文字が浮かび上がる・・・ような仕掛けはないものの、やけに強い筆圧を感じた。
 シャルロットは、鉛筆を持ってきて、その紙をそっとこすってみた。

《絶望だけはしないで欲しい。困ったことがあったら、いつでも頼ってくれ。わたしにできることなら何でもする。わたしは、いつまでもあなたの味方だということを忘れないで。ギュンター》

 浮かび上がってきた文字を見ているうちに、シャルロットはいつしか涙ぐんでいた。そうだ、彼は昔からいつでもそうだった・・・。
 しかし、シャルロットはゆっくりとその手紙を本に戻した。今、彼の力は必要ない。今度だけは、自分一人で何とかしようと思う。
 フランスへ帰りたい。ポーランドを出るにあたって、タイムテーブルを作ろう。処分しなければならないもの、片付けておかなければならない事柄、別れを言わなければならない人たちのリスト作成。それから、フランスへ行くにあたって、向こうでの生活をするための準備。子どもたちへの説得。
 やらなければならないことは山積みだが、やるべきことは決まった。そのときシャルロットはそう思っていた。
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