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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第17章

第320回

 ユーフラジーの墓の前で泣き崩れていた少年を見つめていたロベールに、エマニュエルが声をかけた。
「ロビン、ちょっと話があるんだけど・・・いいかな?」
 ロベールはうなずいた。「ちょうどよかった。わたしにも話があった」
 二人は、コルネリウスから話が聞こえない位置まで下がった。どちらにしても、今のコルネリウスには、ほかのことが耳に入る状態だとは思えなかったが、彼らは二人きりで話がしたかったのである。
 そこは、ちょうどクラリスの墓の前であった。
「・・・人が死ぬって、悲しいことだよね。でも、わたしが誰かの葬儀に参列するのはこれでおしまいだと思う。次は、わたしの番だからだ」ロベールが言った。
 エマニュエルは驚いて彼を見つめた。
「わたしは、癌なんだ。余命6ヶ月といわれている・・・」ロベールが続けた。「死ぬのは恐くない。はやくクラリスに会いたい」
 エマニュエルは黙って言葉を探していた。
「きみにとっては、すばらしい知らせなのかも知れないね。これできみは一人きりになれる。わたしを見るたびに、いやなことを思い出すことはなくなる」ロベールは冗談めいた口調で言った。「だが、きみには悪いが、わたしが先にクラリスのところへ行くよ。きみが天国に来るまで、クラリスや子どもたちと仲良くやっているからね」
 しかし、エマニュエルはその冗談を聞いて、真っ青になった。「・・・きみ、まさか、知っていたの・・・?」
「知っていた、って、何を・・・?」ロベールが訊ねかえした。
「ユーフラジーが、実はクラリスの子どもだったことを・・・」
「きみたちの娘さんの名前がユーフラジーなのは、よく覚えているよ」ロベールは首をかしげた。
「いや、そういうことではなく」エマニュエルは、白い墓を指さした。「あの子が、わたしたちの娘だったんだ」
「あの子って・・・あのユーフラジー=ド=ラ=ブリュショルリーのこと・・・? まさか。冗談だろう・・・?」
「本当だよ」エマニュエルが言った。「クラリスは、死ぬ前にそう言い残したんだ」
 ロベールは驚きのあまり何も言えなかった。彼の脳裏に、あのときのクラリスの言葉がよみがえった。『わたしの子どもをよろしくね』・・・なんということだろう。《わたしの子ども》というのは、比喩的な意味ではなかったのだ。
 しかし、その子どもは、もう、この世にはいない。
 エマニュエルは、墓の方から、隣にいる赤毛の男に目を移した。
「わたしは、自分の一番大切な秘密を話した。・・・きみも、もう、本当のことを話してくれないか、ロビン?」
「本当のこと・・・?」ロベールはかすれた声で訊ねた。「わたしは、きみに嘘をついたことは一度もない。何が聞きたいんだ?」
「わたしが聞きたいのは、ユーフラジーの本当の父親の名前だよ」エマニュエルが言った。
 ロベールは、しばらく黙った後、こう訊ねた。「まさか、今でも、わたしだと思っているの・・・?」
「違うのかい?」
「違う」ロベールは首を振った。「わたしとクラリスの間には、本当に何もなかった。きみが疑っていることは知っていた。クラリスは、それでずっと苦しんでいた。もちろん、きみもだけどね」
 エマニュエルはうなずいた。
「きみは、本当に嫉妬深い夫だった」ロベールはクラリスの墓を見つめた。「それだけ、かの女を愛していたと言うべきかな。そして、クラリスもそう。きみは、以前、クラリスはひまわりの花みたいだ、と言っていたよね。わたしもそう思う。かの女は、きみという太陽しか見ていなかったんだ・・・死ぬまで、ずっと・・・。認めたくはないけど、それが事実なんだ」
 そう言うと、ロベールはそっとため息をついた。「いいかげん、クラリスを信じてやってよ。あれから2年以上経っているんだよ・・・」
 あれから・・・クラリスが亡くなって、もう2年経った。そして、かの女が残してくれた最後の子どももこの世を去った。彼は、一人きりになってしまった。
 いつのまにか、ロベールの姿は消えていた。
 エマニュエルは、あたりを見回した。そのとき、彼の目は師の墓を少し離れたところからじっと見つめていたアンブロワーズ=ダルベールをとらえた。あの赤毛の青年は、ひとつだけ間違えた、と彼は思った。クラリスの墓の隣にはユーフラジーの墓があるべきだった。義弟は、亡くなったあとでも、かの女を実の母親には返したくなかったのか・・・?
 ああ、あのとき、クラリスを疑ってさえいなかったら・・・。
 エマニュエルは、クラリスの墓の前にひざまずいて頭をたれた。
 どんよりと曇っていた空から、雨の滴が落ちてきた。
 クラリスとユーフラジーが泣いている・・・エマニュエルはそう思った。
 彼は、ここを離れたくなかった。
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