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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第1章

第21回

 子どもたちを手放し、ほとんど父親のように慕っていた師を失ったそのころのフランソワーズは、かなり気弱になっていたといえる。のちになって、「あの頃の自分は自分ではなかった」と知人にもらしたと言われる。そのすきまに入り込んだのが、エドゥワール=ロジェだったのである。かの女は、恋人としての彼より、元医師としての彼を必要としていた。しかし、かの女をずっと愛していた彼には、それがわからなかった。彼は、かの女が弱さゆえに差し出したものを受け取った。かの女が自分を愛している証拠だと思ったからだ。その日以来、彼は、この恋愛にのめり込んでいった。フランソワーズには、もはや後戻りはできなかった。
 そして、その日がやってきた。
 それは、1892年夏のことであった。
 エドゥワール=ロジェは、思いつめた顔でフランソワーズの元を訪れた。そして、もう二度と家には戻らない、このまま駆け落ちしよう、と告げたのである。
 フランソワーズは、いつかそんな日が来ると思っていた。それほど彼が思いつめていたことを知っていたからである。かの女は、それまでに彼の気持ちをさますためにあらゆる努力をしてきたつもりであった。かの女にとっては、彼は友人の一人であり、彼の家庭をこわすつもりはなかったからである。
・・・が、かの女は知らなかったのだが、彼の家庭はとっくに壊れていたのである。
 ロジェ夫人は、二人の仲を知っていたし、夫の気持ちがもう戻らないことも察していたのであった。ただ、ロジェ夫人は、黙って待っていた。何を待っているかよくわからなくなっていたが、それでも待ち続けていた。夫の方は、もう10年以上も前から気持ちが離れていたのにもかかわらず。自分が気づかないふりをし続けていれば、いずれ彼が戻ってくると思っていたのである。ただし、夫の方に戻ろうとする意思が全くないことだけは知らなかったのであるが。
 そして、フランソワーズも、この恋愛関係が成立したときから、自分に一つのことを課していた。何があっても、ロジェ夫妻の仲を引き裂くことだけはしない、ということである。
 フランソワーズの選択肢は、彼と別れることしかなかった。
 かの女は、彼に対して、自分の家のドアと、心のドアを閉めた。そして、彼の元を去った、永遠に。
 かの女が向かったのは、クリスティアン=ベローのふるさと、ブーローニュ=シュル=メールであった。
 ブーローニュに向かう列車の中で、フランソワーズは思った。
 子どもたちと別れ、師を失ったとき、自分はすべてを失ったと思っていた。しかし、それは間違いだった。あのとき、自分はすべてを失ってはいなかった。だが、今度こそ、自分はすべてを失った・・・。
 目の前の風景が、ゆがんで見えた。しかし、かの女は自分が泣いていると気づいていなかった。
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